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そのはざまに浮かぶ、『矮惑星』のような、

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CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」

 

 

TITLE: 月あかり (2)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 06/02/2015 12:48:55

 

 

 ようやくゆれがおさまり、シノブくんは、かぶっていた鍋を頭からおろした。
 戸棚の位置が大きくずれて、床いちめんにこわれた食器が散らばる「くりや」から、わたし達はいそいで外へ出た。
 時々ゆらゆらと地面が波打つように動くが、オモカゲ山の深緑の木々は、いつもとかわらぬ姿でそこにあった。
「よかった……やしろも鳥居もこわれずにいてくれた」
 シノブくんがあたりを見回して、ホッとため息をもらした。
 「シノブの宮」のあけ放った引き戸の向こう、さっき板の間にかざったばかりの、陶の器がひっくり返って割れていた。水がこぼれて木の床をぬらし、ススキと青ユズの枝が無残に乱れ、たおれている。
 思わずそちらに足を向けると、シノブくんが首を横にふった。
「まだ建て物には入らないほうがいい、また大きなゆれがくるかもしれないから」
 やしろ手前のちいさな広場から、シノブくんとわたしは、ふもとのオモカゲ街が夕やみにつつまれ始めるのを、たたずんで見おろした。
「街にあかりが灯らないな」
 シノブくんが、まゆをひそめた。
「さっきの地震で、停電がおきたのかもしれない」
 いつもなら、ここオモカゲ山の西の峰にある「シノブの宮」からながめると、夕ぐれのオモカゲ街にぽつぽつと、灯が浮かびはじめる頃なのだった。やがて宵闇の底、クモの巣にやどるしずくのように、無数の金色の光がやさしい渦をえがくはずなのに……
 ひたひたと、まっくらな夕やみがせまってくる。
「オモカゲ山ばかりでなく、オモカゲ街もゆれたんだな……ひさしぶりにアイツがあばれたのだろうか」
 シノブくんが、つぶやいた。
 アイツ……
 ふと、さっき草むらに消えていった、あのちいさなムカデの、黒光りする胴体と数えきれない赤い足とを思い出した。いつか黒沼のほとりで追われた、あの大ムカデの姿がまぶたに浮かび、わたしは身をふるわせた。
 アイツ……?

 ガサリ、と足もとの草が鳴った。
「きゃっ」
 悲鳴をあげ飛びすさると、両腕でかかえられるほどの影が、すいと飛び出してきた。
「シノブさん、たすけてください」
「え?」
 わたしは身をこわばらせたまま、足もとに目をこらした。
 夕やみに、きらりとまたたく緑の瞳……
「びっくりさせてごめんなさい」
 やわらかな声色で申し訳なさそうにあやまったのは、ふわふわしたシッポのネコだった。
「なんだ、タマじゃないか」
 シノブくんが、声をかけた。
「どうしたの、そんなにあわてて」
「シノブさん。サヨさんが……ケガを」
 ネコは、金色の毛並みをふるわせ、緑の瞳をみひらいた。
「なんだって。さっきの地震で?」
「はい。タンスに足をはさまれて……動けなくて」
 ミャウ、ミャウ、ミャウ。
 うったえるようなタマの声に、シノブくんが、さっと身をひるがえした。
「わかった、すぐ行く。懐中電灯、それに薬と包帯をとってくるよ」
 やしろから戻ってきたシノブくんは、小さな包みをわたしにあずけた。
「これを持ってついて来てくれるかな、イスルギさん」
 もちろん……わたしは大きくうなずいた。

 あわい金茶の影が、案内するように先にたち、しなやかに石段をおりていく。
「はやく、はやく。シノブさん」
 シノブくんとわたしが後について、オモカゲ山の夜道をくだる。
「たしか山すその、井戸のある古い家だったかな」
 シノブくんが、首をひねる。
「そうですよ……古い井戸がありますよ」
 タマがふりかえって、こちらを見上げ、待っている。
「はやく、はやく。シノブさん」
「わかった、わかった、タマ……ほんとに今夜は暗いなあ」
 シノブくんが、オモカゲ街を見おろしてつぶやく。
「こんなに暗い。電気が止まって、街の人たちは大丈夫かな?電気だけでなく、水道も止まってないだろうか」
 シノブくんの、心配そうな横顔。
 わたしは目を移して、夜空を見上げた。
 街のあかりが消えた分、今夜の月は、とてもきれいだ。
 十五夜お月さん、まんまるの月……
 山の鳥やケモノ達は、どうしているだろう?やっぱり地震におどろき、まだおびえているのか。それとも、もう巣穴やこずえで、身を休ませているだろうか。

 

 

 

 

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TITLE: 月あかり (1)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 05/07/2015 12:27:24

 

 

 ススキの穂が、夕空におじぎをしている。
 ふさふさした銀の穂波は、わたしのシッポにすこしにている。
「今夜のお月見にかざるから」
 そうシノブくんにたのまれて、わたしは、「シノブの宮」のうらての草むらまで、おいしげるススキの穂をとりにきた。
 カミソリのようなススキの葉は、魔をはらう力をもつという。
 するどい葉で指を傷つけぬよう気をつけながら、はらりと手におちかかる穂を、いく本かかりとって、たばねた。
 赤トンボがついついと目の前をよこぎり、すきとおった風が、手にしたススキの穂をゆらしていく。
「十五夜お月さん……まんまるの月」
 夕やけ雲にすいこまれていく、赤トンボ。
 うたいながら、トンボのゆくえを目でおいかけた。
 今夜、山のお客さんがあつまって作るのは、どんなごちそうだろう。
 うきたつ気持ちで、ふと足もとを見ると、ちいさなムカデがはいだしてきた。
 黒光りする体のふちで赤い数えきれない足が、すべるように波うつ。
「あっ」
 とびのきながら、手にしたススキの束で足もとをはらうと、ちいさなムカデは糸でひかれるように身をくねらせ、草むらに消えていった。

 シノブくんのお宮にもどると、井戸水をみたした大きな陶のつぼに、ススキの束をいけた。
 ススキの銀の穂といっしょに、先日ユズメさんから頂いたばかりの、まだ青い実をつけたユズの枝もかざった。
 ススキと青ユズをいけた器を、戸をあけはなした涼しい板の間に置いて、わたしはホッとひといきついた。
 今夜、山のお客さんたちは、「シノブの宮」境内の広場で火をたき、大きな鍋のごちそうをかこんで、宴をもよおすのだという。
 十五夜の、月の宴……
 たのまれた用事をおえて、「くりや」にようすを見にいくと、シノブくんが、奥の戸棚から、大きな鍋をひっぱりだしているところだった。
「おかえり、イスルギさん」
 シノブくんが両手でかかえているのは、洗濯ダライほどもある鉄の深鍋で、長年つかいこんだ風格なのか、まっ黒くすすけていた。
「この鍋、重いよ……」
 シノブくんがそういって笑い、わたしも笑いかえそうとしたとき。

 ゴォッ、と体の芯にひびく地鳴りがおしよせ、グラリ、とつきあげるように足もとがゆらいだ。
「地震だ、イスルギさん」
 くりやの床が大波のようにゆれ、二本足のバランスをとるのがむずかしい。
 わたしは、一瞬で白い子ギツネの姿に変じた。
 四つ足をふみしめ、なんとか転がらないよう床に立った。が、よろよろする。
 はげしいゆれは、おさまりそうもない。
「イスルギさん、ぼくの肩にきて」
 指示されるままその肩にとびのると、シノブくんは大きな鉄鍋を両手でささえ、すっぽりと頭にかぶって、うずくまった。
 くりやの戸棚からすべりおちた皿や茶わんが、ガンガンと鉄鍋に当たっては、床にこぼれて割れ、白いかけらがあたりに飛び散った。
「大きいな、この地震」
 身をかがめ、しっかりと深鍋をささえながら、シノブくんがつぶやいた。
 シノブくんの肩の上、わたしはぶ厚い鉄の鍋にまもられていた。
 落ちてきた物がぶつかるたび鍋がガツンガツンとふるえるので、わたしはせめても衝撃がやわらぐようにと、シノブくんの頭に自分のシッポをかぶせた。
「ありがとう、イスルギさん」
 くらい大鍋の中で、シノブくんがにっこりするのがわかった。




 

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TITLE: 天の河 (5)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 03/04/2015 12:38:20

 

 

 ふりしきる雨音に、われにかえった。
「イスルギさんは、すぐ迷子になるからね……」
 そういってわたしの右手をつかんだはずのシノブくん。もう片手で、水色の紙を差しだしながら、男の子にたずねかける。
「これかな、きみのたんざく」
「あ……ありがとう、おにいちゃん」
 男の子は、おどろいた顔であたりを見まわした。
「もう風にとばされないようにね」
 シノブくんからたんざくを受けとると、男の子は大きくうなずいた。
「うん、家に持ってかえって、お母さんに糸を結んでもらうよ。それから、折り紙のお星さまをたくさん作って、この笹、もっときれいにかざるんだ」
 男の子は、雨にぬれたたんざくを、だいじそうにながめた。
「すこし、にじんでしまったね」
 シノブくんがつぶやくと、男の子はじっと目をこらして、インクのにじんだ線をみつめた。
「なんだか、舟に人がふたり、のっているみたい……」
 男の子は、ひとりごとを言いながら、ゆっくり首をかしげ、にこっと笑った。
 そのたんざくには、星がひとつ、舟がいっそう描かれ、そして……にじんだインクが、舟の上のふたりの人影に見えた。
「ありがとう」
 もういちどお礼をいうと、男の子は、元気よく雨の中をかけていった。

「あの子の名前……カイトくん」
 ぼんやりつぶやくと、シノブくんがうなずいた。
「そうだね」
 はげしかった雨がすこし小止みになり、空があかるんできた。
「さぁて、イスルギさん。お祭りのワラジ行列に、ついていこうか」
 シノブくんが楽しげに、わたしの手をひっぱった。

「わっしょい、わっしょい」 
 白装束の人々にかつがれた大ワラジが、オモカゲ街をねり歩き、オモカゲ川まで運ばれていく。
「わっしょい、わっしょい」
 いつしか雨あがりの街はたそがれて、オモカゲ川が夕ぐれ色にそまる。
「わっしょい、わっしょい」
 水しぶきをあげながら、大ワラジをかついだ人々が、オモカゲ川の浅瀬をわたる。
 まるで大ワラジをはいた大男が、水面をすべっていくようだ。
 西の空に、一番星がまたたきはじめた。
 日暮れていく川面の大ワラジは、星の波間までただよっていく、いっそうの舟にも思われた。

 いく羽もの黒い鳥影が、大ワラジを見おろし、オモカゲ川の上をつらなって羽ばたいた。まるで、つばさの橋をかけるように。
 わたしのすぐそばにも一羽、飛んできた。
 その夜の色の翼には、星あかりのような白い羽がまじっている。
「カササギの橋とは、風流じゃないか。もう昼寝からは覚めたのか、アズマ」
 シノブくんが呼びかけると、そのカラスによくにた鳥は、くるりと円を描いて飛びながら、しわがれた声で鳴いた。
「すこしだけ様子をみにきたのだ。どうだ、キツネの子、祭りは楽しんだか?」
 からかうような、アズマさんの声が、耳のおくでひびいた。
「これから、川原で打ち上げがはじまるぞ。もうすこし楽しんでこい」
 黒い鳥は、オモカゲ川の川面をまうカササギの群れへと、飛びさっていった。

 大ワラジを奉納した川原に、たくさんの人があつまって、なにか待っている。
 ふいに、夜空に、金の花がひらいた。
 とおい天の河にたむけるのか、かぞえきれない光の雨が、青い闇を流れおちる。
 オモカゲ川にうつる光の波を、わたしは見つめていた、まるで時がとまったように。
 シノブくんのかたわら、いつまでもずっと。



                     ( - 天の河 - 2015.3.4 )
 

 

 

 

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TITLE: 天の河 (4)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 03/03/2015 10:58:47

 

 

 シノブくんが、へさきに立って横笛をふきならすと、緑の光がこぼれる。
 キラキラひかる緑のヘビは、あっというまに笹舟を、星の波間へとつれだした。
 わたしは、カイトくんがしっかり持っていた笹の枝に、吹きちぎられた水色のたんざくを、糸で結びなおした。
「おねえちゃん、ありがとう」
 カイトくんは、うれしそうだ。
「とってもきれいな銀の糸だね」
「どういたしまして」
 結んだ糸が、わたしのシッポの毛だということは、ないしょにしておこう。

 星くずが舟べりにぶつかるたび、コロン、ポロン、とふしぎな水音がたつ。
 コロン、ポロン……
 この水音、どこかで聞いたことがあるような……
 この星の波間のどこかに、わたしの帰る場所があるような……
 チリン。
 胸につるしていた、オモカゲ山の水晶のかけらが、かすかにふるえた。
 なんだろう?

「彼方でまたたく 夢の星
 あわくきらめく 時の石
 石をみがいて 星にしよ
 涙のかけらも 友にして
 闇のしずくを いやすまで」

 ふと、いつかの子守歌が口からこぼれた。
 チリン、チリン。
 胸もとの水晶が、ふるえる。

 舟べりの星くずたちが、キラキラと舞いながら、あつまってきた。むれ飛ぶホタルのようだ。手をのばすとかんたんに、つかまえられた。
 カイトくんの笹の枝に、そっととまらせると、そのままキラキラひかっている。
「ほんとの星かざりだ」
 カイトくんが目をかがやかせ、星くずをつかまえては、笹にとまらせていく。
 ほそい葉にたまるツユのように、たくさんの星くずがきらめいて、水色のたんざくをとりかこむ。カイトくんの笹の枝は、とても見事にかざられた。
「すごいや、おじいちゃんに見せてあげたいなぁ」

 まるでカイトくんのことばに応えるように、星の波間のかなたから、いっそうの舟があらわれ、ゆっくりと、こちらに漕ぎすすんできた。
 シノブくんの笛の音が、しずかにひびきわたる。
「あ、おじいちゃん、おばあちゃん……」
 手漕ぎの舟をあやつるのは、がっしりした腕に櫂をにぎった、おじいさん。白髪だけれど、日焼けした顔がわかわかしい。
 その舟にはもうひとり、やさしくほほ笑むおばあさんが座っていて、ひざの上で縫い物をしていた。
 二そうの舟が、星の波間にならんだ。
 カイトくんが笹舟から身をのりだすと、おじいさんも舟べりから腕をのばし、くしゃくしゃの笑顔で、カイトくんの頭をごしごしなでた。
 おばあさんが、ひざの上の縫い物の糸をきり、なにか刺繍をした布をひろげて、カイトくんに見せた。
 刺繍は、かわいらしい図柄で、なかよく笑う三人家族がえがかれていた。
「それ、パパとママとぼくだね、おばあちゃん。うん、そう、そうだよ、ぼくたち、元気だよ」
 カイトくんが力をこめてうなずくと、おばあさんは、その布を大切そうにカイトくんに手わたした。
「ありがとう、ぼくからも、これ……」
 カイトくんが、水色のたんざくを結んだ笹をさしだすと、おじいさんとおばあさんは、とてもうれしそうに受けとって、美しい枝をほれぼれとながめた。

 シノブくんの笛の音が、ゆっくり尾をひいて鳴りやんだ。
 星の波間を、しずけさがつつんだ。
 おじいさんとおばあさんが、手をふっている。
 おじいさんは櫂をもち、おばあさんは笹の枝をだいている。
 二そうの舟が、すこしずつ離れていく。ゆらゆら、ゆらゆら、笹舟がゆれる。
 コロン、ポロン……
 ふしぎな水音だけが、耳をうつ。

 

 

 

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TITLE: 天の河 (3)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 03/01/2015 17:56:01

 

 

 ふいに、ピカッと空がひかり、ポツリと大つぶのしずくが落ちてきた。
「あめだ、雨がふってきた」
 にげまどう人々におおいかぶさるように、夕立があたりを白くけむらせる。
 稲妻の青びかりが、黒雲にはしる。
 ガラガラズシャーンと、空気がわれるほどの雷鳴が響きわたった。
「雨やどりしよう、イスルギさん」
 シノブくんといっしょに、建物のかげに駆けこもうとすると、ヒラッと何かが目の前をよぎった。
「まてっ。まってくれよぅ」
 雨にうたれてずぶぬれの男の子が、風にとばされた水色の紙を追いかけ、空に手をのばした。
 息をはずませる男の子におかまいなく、雨の白いカーテンをめくりあげ、人々の手からカサをもぎとり、風はふきぬけていく。
 カサもない男の子の手には、ちいさな笹の枝がにぎられていた。
 空にまいあがる水色の紙をおいかけ、わたしも男の子といっしょに駆けだそうとすると、シノブくんに右手をつかまれた。
「イスルギさんは、すぐ迷子になるからね……」

 シノブくんは、男の子に声をかけた。
「たいへんだ、たんざくが飛ばされたのかい?」
 男の子がこくんとうなずくと、シノブくんは雨足のつよい空をみあげた。
「どうしようかな……よし、そうだ」
 シノブくんは、男の子が手にした笹の枝から、いちまいの葉をとって、ふっと息をふきかけた。すると、ちいさな笹の葉は、みるみる大きな舟になった。
「さぁ、ふたりとも、この笹舟にのって」
 とまどう男の子の手をとり、うながされるままのりこむと、その緑の舟は、ふわりと風に浮きあがった。

「わっしょい、わっしょい」
 雨の中、いせいのよいかけ声をひびかせ、白装束の人々がずぶぬれで、大ワラジをかついでいく。
 その大ワラジにそうように、わたし達の笹舟が空をすべっても、だれも気がつかない。
 舟のへさきに立つシノブくんは、雨にぬれ風にふかれて、なんだかいつもよりキラキラと楽しげだ。
 風にのった笹舟が、あっというまに、たんざくに追いついた。
 シノブくんが風に腕をのばし、ぬれそぼった水色の紙をつかまえた。
「これかな、きみのたんざく」
 シノブくんの手のひらには、びっしょりぬれた紙にインクのにじんだ線でえがかれた、星がひとつ、舟がいっそう……そして、「カイト」という文字。
 男の子が、こくんとうなずいた。
 どうやら、この子の名は、「カイトくん」らしかった。

「おねがいごとは、星の絵、そして舟の絵……うーん?」
 シノブくんが首をかしげて、じっと、そのたんざくを見つめた。
「字で書ききれないくらい、いっぱいのおねがいごと?」
 シノブくんがつぶやくと、カイトくんはびっくりした顔でうなずいた。
「ぼくのおじいちゃん、魚をとる船がしずんで、お星さまになっちゃったんだ」
「そうか、このたんざくは、おじいちゃんへの手紙だったのか」
「うん、ずっと前になくなったおばあちゃんと、お空で会えるといいね、なかよくくらしてね……って、書いたんだよ」
 シノブくんは、大きくうなずいた。
「なるほど……よくわかった、カイトくん」 
 さっきからキラキラと、シノブくんをつつんでいた光が、あわい緑にかがやいた。
「今日は七夕だからね」
 シノブくんが、ふところから横笛をとりだした。
「空のおじいちゃんとおばあちゃんに、手紙をとどけよう」 
 シノブくんの笛の音とともに、あわい緑の光があふれ、泉からほとばしる小川のように、笹舟をうかべた。
「わっしょい、わっしょい」
 オモカゲ街をねり歩く大ワラジが、だんだん下のほうに、小さく遠くなる。
 わたし達の笹舟は、まるでキラキラした光のヘビの背に運ばれるように、空高くまいあがった。

 

 

 

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TITLE: 天の河 (2)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 02/28/2015 12:02:08

 

 

 「いってこい」
 アズマさんがそういって羽ウチワをひとふりすると、風がおきた。
 わたしはシノブくんと手をつなぎ、カラスガサキから風にのって、ふわりふわり。
 緑のおわんをこんもり三つふせたような、オモカゲ山。
 そのおわんのふもと、オモカゲ街をとりまくのはオモカゲ川。かがやく蛇のように、ゆうゆうと空をうつしてうねる。
 ひろがる空、山と川。
 やがて景色は、林のような建物、せわしない人の流れの底にしずみ、シノブくんとわたしは、ゆっくりと影をおとし、地上におり立った。
 大通りにたくさんの屋台がならび、並木の列にすずしげな飾りつけがゆれている。くす玉につるされた吹き流し、色とりどりの紙を結んだ笹の大枝......
 みとれていると、シノブくんが指さした。
「七夕といって、夏の星まつりなんだよ。ねがいごとを書いた短冊を、ああして笹の枝にかざるんだね」
 頭上の吹き流しや笹の葉が、風にサラサラと鳴る。
 ユカタ姿の人々がたのしげに行きかう。
 あまいワタアメのにおいがただよってきた。

「おや、あれはいつかのサツキさん、かな?」
 シノブくんが、首をかしげた。
 にぎわう人ごみの中、黄色い花もよう・あいぞめのユカタ姿が目をひいた。
 あぁ、あれは......
 カガミ石を麦の穂でこすり、涙をうかべていた......あのときのきれいな横顔に、今はほほえみをうかべて、サツキさんが前を歩いていく。
 サツキさんとならんで歩く、背の高い男の人。
 サツキさんが話しかけると、うんうんとうなずく横顔がとてもやさしい......サツキさんは幸せそうだった。
「よかったね......」
 シノブくんが、ちいさな声で言った。

「あれ、この短冊を書いたのは、あのときの......」
 シノブくんが、たくさんある笹かざりのひとつに近より、びっしりつるされた細長い紙の中から、一枚を手にとった。
 さくら色の紙に、おさない字がくっきり。ていねいに記された、ねがいごと。
「 お花やさんに、なれますように。みなこ 」
 シノブくんが、にっこりして読みあげた。
 みなこ......
 わたしは、シノブくんの手元をのぞきこんだ。
「黒沼で泣いていた、ミナコちゃん?」
 シノブくんは、うなずいた。
「たぶん......この笹は、あのとき遠足にきていた小学校の1年生たちが、かざったものかな」
「どうしてわかるの? こんなにたくさんの笹かざりの中から」
 さっきもシノブくんは、人ごみの中からサツキさんの姿を見つけていた......いともかんたんに。
 ふしぎに思ってたずねると、シノブくんは、いっそうにっこりした。
「どうしてかな......御縁、かな。きっと」

 七夕かざりの並木をそぞろ歩く人のむれから、歓声があがった。
 白装束の男たちが、大きな大きなワラジをかつぎ、いせいよく大通りをすすんでいく。
 うちならすタイコやカネの音とともに、大ワラジは、午後のオモカゲ街をねり歩く。そうして夕方には、オモカゲ川までいくという。
 わきおこる入道雲がいつしか雷雲にかわり、しめった風がザワザワと笹かざりをたなびかせた。

 

 

 

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TITLE: 天の河 (1)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 06/20/2014 13:27:20

 

 


うっそうとした木立ちから、カナカナカナ……とヒグラシの声がひびく。
「なんだ、そこにいたのか、アズマ」
のんびりとそう呼びかけ、シノブくんが、ひときわ高い松の木をあおいだ。
「毎年こうして頂きの松から、大ワラジを見守る、それがわしの務めだからな」
よく通るふとい声がふってきた。松の大枝に、カラス天狗のアズマさんが、羽ウチワ片手に、高下駄ばき姿で立っていた。
「ここからオモカゲ街が見わたせる。お前もこい、シノブ」
シノブくんが、わたしの手をひいて、ふわりと地面をけった。
まばたきひとつで、わたしはさっきまで見上げていた松の枝にすわり、かたわらにはゴツゴツした幹にもたれたシノブくん。もうかたわらには、枝をはなれたアズマさんが、つややかな黒い翼で宙にうかんでいた。
松のこずえを風がわたる。夏の風が、オモカゲ山の頂きから、入道雲までかけていく。
「気持ちいい風だね、イスルギさん」
シノブくんの笑顔とそよ風とにつられて、わたしも思わずにっこりとした。

見おろす緑の山すその、木立ちのすきまを見えかくれしながら、白い行列が下っていく。
白装束にきりりと身をつつんだ人々が、大きな大きなワラジをかついで急な山道をおりていく。
「アズマの宮の大ワラジをね、ふもとの街までみんなでかついで運んで、にぎやかな大通りを練り歩くんだ……年に一度の今日、オモカゲ街の夏の『ワラジ祭り』だよ」
小さく遠ざかっていく大ワラジの行列を見おくりながら、シノブくんがそう教えてくれた。
ふだんは、ひっそり静かな『アズマの宮』も、ワラジをかつぎ出しにきた白装束の人のむれで、さっきまで大にぎわいだったのだ。
大ワラジは、秋に実った稲穂のわらを、冬の間にオモカゲ街の人々が大きな大きなワラジに編みあげた。まだ雪の残る早春の山道を、みんなでかつぎ登って、『アズマの宮』へと奉納したものだ。
そして、その大ワラジを、夏祭りの日には、またみんなで汗だくになって街までかつぎおろす。それが、オモカゲ街の、オモカゲ山の、年ごとにくりかえされる習いなのだという。
人々にかつがれていく大ワラジは、まるで見えない大男の片足が履いて、山道を下っているようだ。
「毎年毎年あきもせずに、人間たちもよく同じことを続けるものだな」
アズマさんが、ふっと笑った。
「おかげで、わしも暑い昼寝から覚めたわい」

ここは、カラスガサキ。オモカゲ山の三つの峰のうち、いちばん東にある。
西の峰のユメミガサキには、シノブくんの『シノブの宮』。中の峰・オモカゲ山の頂きには、ユズメさんの『ユズメの宮』。そして、この東の峰のカラスガサキに鎮座するのが、カラス天狗のアズマさんの『アズマの宮』……アズマさんは、シノブくんの友だちだけど、ちょっとぶっきらぼうだ。
いつも『シノブの宮』でいろんな相談に耳をかたむけ、人間と仲がよいシノブくん。『ユズメの宮』のやさしい巫女の、ユズメさん。そんな二人とちがって、アズマさんは、カラス天狗の姿をめったなことでは人前に現さない。
深い木立ちにつつまれた『アズマの宮』は、いつでもひっそりとして、空気がピリッと澄んでいる。
カナカナカナ……とヒグラシの声がやまない。
「さて、大ワラジも無事に山をおりたな。もう今頃、祭りが始まっただろう」
アズマさんが、羽ウチワをゆらしながら、カラスのようなクチバシであくびをした。
「昼寝のつづきでもするか」
「街の祭りは見守らないのかい?」
シノブくんがあきれたように笑うと、アズマさんは肩をすくめてみせ、黒い翼を羽ばたかせた。
「おぬしほどつきあいが良くなくてな、宮に戻って寝ることにした。
おぬしこそ、白ギツネの子を、たまに人間の街まで案内してやったらどうだ」
飛び去りながら、アズマさんはわたしに片目をつぶった。
「キツネの子、人の街では白いシッポを出してはならんぞ」

 

 

 

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TITLE: ホタルこい (5)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 08/11/2013 13:22:48

 

 


 わらべ歌をかなでる横笛の音が、どこからかひびいてきた。

「ほ ほ ほたるこい
 あっちの水は にがいぞ
 こっちの水は あまいぞ
 ほ ほ ほたるこい」

「……シノブくん?」
 わたしの胸いっぱいにオモカゲ山の景色がひろがった。
「あいつ……あいつか。
 あれは、にがい夢だった。剣でつらぬかれたように、この目がまだ、いたむ」
 若者は、また片目をおさえた。
「あの……あなたの名は?」
「クラマ……と、昔だれかが、おれを呼んでいたな」

「ちいさなちょうちん さげてこい
 星の数ほど とんでこい
 ほ ほ ほたるこい」

 黄緑の光をともしたホタルが、ふわりとチガヤの葉をめぐり、燃える炎の方へと、光の尾をひき飛んでいった。

「あっちの水は にがいぞ
 こっちの水は あまいぞ」

「シノブくん!」
 笛の音のひびく方へと、わたしはかけ出した。まばゆい炎にかけより、強い光と熱とを体じゅうに感じながら、いっきにかがり火を飛びこえた。
 手にしたチガヤの葉が、白いビンの中で金色にかがやき、めらめらと燃えていく。
 炎のむこうに、緑の茅の輪が、しずかに立っていた。
「イスルギさん!」
 わたしを呼ぶ声とともに、あたたかな腕がのびてきた。
「やっと見つけた」
 わたしの手をしっかりつかんだシノブくんが、大きな声で言った。
「心配したよ、どこへ行っていたの、イスルギさん!」
 わたしは、茅の輪の門をふみこえた。

 祭りばやしは、とっくに止んでいた。
 わたしはシノブくんと手をつなぎ、「ユズメの宮」にたたずんでいた。
 屋台やちょうちんも片づけられ、人影のない夜の境内は、とてもしずかだ。
 闇に口をひらいた茅の輪だけが、祭りのなごりをとどめていた。
「イスルギさんが見つかって、よかったわ」
 白い着物に赤いはかまの巫女姿のユズメさんが、ほっとした顔で声をかけてくれた。
「あら?」
 ユズメさんが、わたしが手にした陶器のビンを見つめた。
「ムラサキツユクサ、かしら」
 白い陶器にゆれているのは、緑のチガヤの葉ではなく、一輪のうす紫の花だった。
 ホタルが、その花の細い葉にとまって、消えたり点ったりした。
「ツユクサは、ホタルグサともいうの……でも、こんなにきれいなムラサキツユクサは、ここらではあまり見ない、めずらしいわ」
 銀のホネガイの墓標が立つ、うす紫の花の野……
「ムラサキツユクサの花言葉は、たしか……いっしょにいたい、ひとときの幸せ、さびしい思い出……クラマくん?」
 ユズメさんがつぶやいた。


  ( ― ホタルこい ―  2013.8.11)

 

 

 

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TITLE: ホタルこい (4)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 08/10/2013 09:53:44

 

 


 パシャリ、と水しぶきがはねあがった。
 わたしは、黒々と流れる川の浅瀬に、チガヤのビンをにぎりしめ立っていた。氷のようにつめたい水が、ひざをぬらしている。
 見上げると夜空いちめんの星、そのはざまにぼんやり白く、天の河がよこたわっていた。 
 足をぬらす水がつめたくて、わたしはふるえながら、ひざまでの水をザブザブわけ、流れにさからい歩いた。
 岸辺にたどりつくと、ふりかえり、ゆったりと星空をうつす川の流れを見つめた。
 すると、暗い水面を、ぽうっと光ってすべるものがある。
「あれは……?」
 目をこらすと、ほの白く光るのは、笹舟にのった紙人形だった。
 紙人形をのせた笹舟が、波にゆられ、ひとつ通りすぎると、またひとつ。
 青白いほの明かりが、どこまでいくのか。ちいさな笹舟が、暗い川面にゆらゆら、ゆらゆら……。
 わたしは、つめたくぬれた足で、河原を歩いた。音もなく流れる天の河の下、あてもなくただ歩いた。
 いつしか遠く、明かりが見えてきた。

 暗闇に、炎が燃えていた。
 その炎のまわりだけが、ぼんやりと明るい。足元には、うす紫の野の花が咲きみだれていた。
 花の中に点々と、にぶい銀色のゴツゴツした岩があり、ひときわ大きな岩を、ひとりの若者がツチとノミとでけずっていた。
 クシの歯のようなトゲが左右にびっしりのびている、ねじれた塔……そんなふしぎな形を、若者は、自分の背よりも高い銀色の大岩に、ツチとノミとで彫りだそうとしていた。
 若者のさかだった髪は赤く、その目は炎をやどし輝いていた。
 わたしが近づくと、銀の岩から目をはなさずツチとノミをふるいながら、若者はつぶやいた。
「どこから迷いこんできたのか、やっかいなことだ」
「あの……」
「ここは、お前には、まだ用がない場所だ。さっさと帰れ」
 わたしには目もくれず、若者は大岩をけずりつづける。ツチとノミがふるわれるたび、銀の粉がちる。
「といっても、帰り道もわからんか」
「あの……ここはどこですか?」
「忘れ川のほとりだ」
 若者は、わたしをジロリとにらんだ。
「お前……どこかで会ったことがあるか?
 現し世のチガヤの葉をもっているな……」
 まなざしがゆらぎ、若者は、片目をおさえてうずくまった。
「だいじょうぶですか」
「しばらく前から、この目がうずく……にがい夢を見てからずっとだ」
 うずくまった若者の胸には、細かなトゲがびっしりはえた巻き貝の首かざりが、つるされていた。
「おなじ形……」
 首かざりの巻き貝と、彫りかけの銀の大岩とを見くらべると、若者はうすく笑った。
「ホネガイ……おれがここで彫りつづけているのは、墓標だ」
「なんだか……きれいな形」
 つぶやくと、若者はあきれたように言った。
「お前、かわった奴だな。こわくないのか、忘れ川の水は、飲めばすべてを忘れさせる。ここは冥府のほとりだというのに」
 うす紫の花の野にたたずむ銀の大岩、ホネガイの……それは、だれの墓標だろうか。
「忘れ川……こわい……?」
 わたしは首をかしげた。もともと何もおぼえていないまま、オモカゲ山でくらす身なのだ。ぼんやり考えていると、若者が言葉をかさねた。
「この川の果ては、星の海に流れこむ。現し世を去る者は、とおく天の河まで旅をする。
 現し世にもどりたければ、この炎で身をきよめ、新しく生きなおせばいい。
 そして、どちらの道も選べない者は、この野で花となり、現し世への涙を流しつづける」

「お前はどうする……ここにとどまるか?」
 若者が、炎をやどした瞳で、わたしをにらんだ。
「好きに選べ」
 そのとき、うす紫の花のむれをゆらして、風がふいた。

 

 

 

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TITLE: ホタルこい (3)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 08/08/2013 17:18:06

 

 


 月明りの中、かすかに祭りばやしが流れてくる。
 わたしは、チガヤをさした白いビンを手に、ぼんやり立っていた。
「ここは……黒沼?」
 足元に、ひたひたと水音がよせる。
 夜目にも黒々と、木立ちにかこまれ静まる水面は、ミナコちゃんと大ムカデに追われたあのときの場所だった。
「アズキとぎましょか、ショリショリ……」
 ふしぎな歌声がただよい、あたりに目をこらすと、銀色の髪の女の人が、水辺にかがみこんでいた。大きなザルを、黒沼の水にひたして、ざくざくとなにか洗っている。
「ユズメさん?」
 そっと声をかけると、その人がふりむいた。
「あ、すみません……人ちがいでした」
 白い着物、銀の長い髪をたばねた女の人は、ユズメさんよりもずっと年とった、おばあさんだった。
「おや、めずらしい……お客さんかい。そういえば今夜は、夏越しの大祓いだね」
 銀の髪のおばあさんは、わたしをながめ、手の中のチガヤの葉を指さした。
「それは、お前さんの身がわりに厄をすいとってくれる……大きな命の、ちいさな器だよ」
 なぞかけのようにつぶやき、おばあさんはまた、ざくざくとザルの中をかきまわし始めた。
「アズキとぎましょか、ショリショリ……」
 歌の調子にあわせ、ザルの中がうずまき、水の輪が生まれては消える。
 いく匹ものホタルが、光の尾をにじませ、音もなく飛んだ。
 やがて、おばあさんは、ザルを沼から持ちあげた。ザーッと水がこぼれ落ち、赤や黒の豆つぶが、ザルの中で月明りに照らされた。
「よく洗ったら、見分けやすくなった……さて。 どちらにしましょうか、天の神さまのいうとおり、赤豆、黒豆、さんど豆」
 そう歌いながら、おばあさんは、赤い豆を一つぶ、地面にポトリとなげた。
 するとそこから、先がほんのり赤い、新しい芽がのびてきた。
 次に、おばあさんは、黒い豆を一つぶ、黒沼にポチャリとなげた。
 するとさざ波がたち、水の輪のまん中に、いっそうの笹舟がうかんだ。ちいさな笹舟には、人型に切りぬかれた、白い紙人形がのっていた。
「なにをしているんですか?」
 ふしぎに思いたずねると、おばあさんは、またなぞかけのように歌った。
「赤い豆つぶ、大地の命に帰りゃんせ。
 黒い豆つぶ、夜空の星に帰りゃんせ」
 紙人形をのせた笹舟が、沼のまるい月影にすうっとすいこまれるように、しずんでいく。
 笹舟をのみこんだ水輪が、銀色にかがやき、ふるえながら広がって、闇にうかんだ。
 まるで天空と呼びあう水の、幻の月のようだ。
 黄緑のちいさな光が、目の前をよぎり、そのふるえる銀の月影にとびこんだ。
「あ、ホタルさん……」
 わたしは、銀の月影をくぐった。
 左まわりに、一回……

 

 

 

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TITLE: ホタルこい (2)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 08/06/2013 13:40:54

 

 


 ここは、どこだろう?
 いちめんの霧の中に、わたしは浮かんでいた。

 一本の虹が、霧にかかる橋のように、七色の光をにじませていた。
 いや、虹ではなく、それは一匹の大蛇だった。
 大蛇は、七色の身をくゆらせ、白い霧にもぐったり、はねたり、尾をくわえて輪になったりした。
 はるか下、霧の底に、島影がしずんでいた。
 その島影の頂きに、大きなまるい石があり、その石が割れて、ひとすじの光がすべり出た。
 光は、ジグザグのすじを引き、霧の中をのぼってきた。それは、無数の足をもつ大ムカデだった。
 大ムカデは、いきなり大蛇にくらいついた。するどい閃光が、虹をかすませるように。
 大ムカデと大蛇は、たがいにかみあい、からみあい、二重の輪となって、霧の中でぐるぐる回転した。
 あたりが暗くなった。
 回転する輪は、黒い円ばん……光のない太陽だった。
 黒い円ばんのふちからこぼれる光の輪は、金の大蛇だった。
 黒い円ばんから放たれる光の矢は、銀の大ムカデの百千の足だった。
 二匹の怪物は、どちらも光であり闇であり、からみあう二重の輪から、やがてかがやく太陽が姿をあらわした。
 光がさして霧がはれると、下界は、みわたすかぎり静かな水面だった。
 鏡のように凪いだ水は、海ではなく湖だろうか。その湖のまんなかに、ぽっかりと、あの島影が浮かんでいた。
 ……と、みるまに空は黒雲でくもり、雨をよぶ大蛇、稲妻となって空をはう大ムカデとが、嵐の中ではげしくぶつかりあった。
 雨が滝となってそそぎ、うねる大蛇の渦、走る大ムカデの波で、湖は荒れくるった。
 もつれあう二匹が、剣のような稲光となって湖を打つと、すさまじい音がして、太い水柱がたちのぼった。それは、二匹の怪物が、湖の底の大地を切りさき、水の道がひらかれたしるしだった。
 湖の水は、ほとばしる河となってあふれ流れ、あとには広々とした大地と、大地にうかぶ島影のようなオモカゲ山がしずかにのこった。

 風をまとい、ふわりと浮かんだわたしは、オモカゲ山に近づいた。
 山肌に湧きだす、太古の湖のなごりの清水……黒沼のほとりで、二匹の怪物は、まだ戦いつづけていた。
 白い大蛇と黒光りする大ムカデとが、ぐるぐるとたがいにかみあい、からみあって円を描き、やがてそのまま骨になった。
 その骨は、とある山火事で燃え始め、青白い炎の輪となって、空中に浮かび、いつまでも消えることがない。
 いつしかオモカゲ山には緑がしたたり、鳥がさえずり獣がかけまわり、黒沼はしずかに水をたたえ……

 青白い幻のように燃えつづける輪を、すうっとくぐり抜けていくのは、一匹のちいさなホタル……
「あ……まって」
 わたしは、こわい夢からさめたように、ホタルの光をおいかけ、二匹の怪物の骨から生まれた、その青白い炎の輪をくぐった。
 右まわりに一回……

 

 

 

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TITLE: ホタルこい (1)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 08/05/2013 11:59:26

 

 


 あわい宵闇がおりて、木立ちにかざられた提灯や、参道にならぶ屋台に、だいだい色のあかりがともりはじめた。夕ぐれの風は、ほんのすこし涼しい。
「ユズメさんのお宮は、オモカゲ山では、いちばん大きいんだ。毎年の夏祭りも、こうしてたくさんのお客さんでにぎわう」
 ウチワを手にしたシノブくんが、のんびりと、となりを歩く。
「イスルギさん、ワタアメはどう? 金魚すくいは?」
 よくわからず、ぼんやりしていると、シノブくんはニコニコしながら言葉をかさねた。
「心配しないで。お祓いやら何やらで、お務めしてるから、ぼくだってちゃんとお金をもってるよ。木の葉のではなく」
 ……お金? 木の葉?
 参道の人々は大人も子どももみんな、はれやかな顔で
「こんばんは」
と、あいさつをかわしあっている。
「あ、シノブさん」
 すれちがう人に声をかけられることもしばしばで、そのたびシノブくんは、ていねいにあいさつを返す。
「ほら、いちおうぼくも御近所づきあいしてるから……そうじとか草むしりとか、ユズメさんの宮のお祭りの準備とか」
 そんなシノブくんのかたわらを歩くわたしに、おや、と目を向ける人もいた。
「かわいいお連れさんですね」
 わたしはあわててペコンとおじぎをし、シノブくんは、ただにっこりとうなずいている。ちょっとふしぎな気分だ。
 笛や太鼓の祭りばやしが、境内からかろやかに流れてくる。

 ユズメの宮の鳥居をくぐると、草で編まれたおおきな輪が、まるで緑の門のように立っていた。
「これは『茅の輪』といって、魔除けの力があるといわれてる」
 シノブくんが、いつものように教えてくれた。
「チガヤという草の生命力にあやかって、チガヤで編んだ輪をくぐることで、厄をはらい、無病息災をいのるんだ……
 『茅の輪くぐり』は、古くからつたわる夏の行事だよ」
 ウチワをゆらしながら歩くシノブくんに、わたしはついていく。
「あの輪を準備するの、毎年たいへんなんだよ。ぼくも手伝ってるけど」
 茅の輪くぐりの順番をまつ人たちの列にならぶと、白い装束をつけた案内係の人から、ちいさなビンをわたされた。
 その白い陶器のビンに、ひとくきの緑の葉がさされ、その葉には白い紙かざりが結ばれていた。
「紙垂(シデ)をかざったチガヤの葉だよ。息をふきかけてごらん」
 シノブくんにうながされ、そっと息をふきかけると、葉の先にふわりと、黄緑のちいさな光が流れてきて、とまった。
「あ、ホタル……」
 思わずつぶやくと、シノブくんがわたしの手元をのぞきこみ、首をかしげた。
「黒沼から飛んできたのかな」

「ほ ほ ほたるこい
 あっちの水は にがいぞ
 こっちの水は あまいぞ
 ほ ほ ほたるこい

 ちいさなちょうちん さげてこい
 星の数ほど とんでこい
 ほ ほ ほたるこい」

 シノブくんのくちずさむ歌がきこえているのか、チガヤの葉先で、ホタルはしずかに光る。
 やがて、わたし達が茅の輪をくぐる順番が、めぐってきた。
「最初に一礼してから、左まわりに一回、つぎに右まわりに一回、さいごに左まわりに一回……ひとつの輪を三回くぐってください」
 案内係さんに教えられ、緑の門のような大きな茅の輪に、頭をさげた。
「あ……」
 手にしたチガヤから黄緑の光が、ふわり、とはなれた。わたしは、すいよせられるように、その光を追った。
「イスルギさん」
 シノブくんの声が、背後の宵闇にのみこまれ、ふいに遠くなった。見えているのは、消えたり点ったり、ゆっくりただようホタルの光だけ……
 わたしは、茅の輪をくぐった。
 左まわりに一回……


 

 

 

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TITLE: 水晶の剣 (5)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 06/20/2013 10:37:21

 

 


 うずくまったシノブくんの腕からポトン、またポトンと血がしたたる。それは地に落ちて、黒い芽をだし、黒い葉をしげらせた。
「まずいなぁ、あいつの毒気にあてられた……」
 こんなにつらそうなシノブくんを、はじめて見る。どうしよう、わたしはそばにいるのに、何もできない。
「だいじょうぶだから……イスルギさん」
 オロオロするわたしにそういったとたん、ザブンと、滝のような水がふってきて、シノブくんは、びしょぬれになった。
「だいじょうぶでもないでしょ。もう、ホントに、あなたは無茶をするから」
 水がかかると、黒いツルや黒い葉は、すべてしおれて消えた。
「ユズメさん!」
 シノブくんが、ほっとした顔になった。
「ありがとう、助かりました……でも、そんなに水をかけたら傷口がいたいです」
「これは、『たんたら清水』でくんだ、浄めの水よ。いたくても、がまんして」
 ユズメさんと呼ばれたその人は、素焼きの水ガメをかたむけて、傷ついたシノブくんの腕に、水をそそぐ。その小さな水ガメからは、いつまでも水があふれ、つきることがない。
「あの女の子は、遠足の小学生たちのもとに、かえしました。
 わるいユメをわすれるオマジナイをかけてね」
 ユズメさんの姿はたおやかで、たばねた長い銀の髪は、まるで流れる清水のように、日にすきとおっている。
「ほんとにありがとう、ユズメさん」
 シノブくんは、つぶやいた。
「どうしてかなぁ、アイツをみたら、じっとしてられなくて……」
「千年ごしのライバルっていうのかしらね?」
 ユズメさんが、かたむけた水ガメをもちなおすと、あふれる水は、ぴたりと止まった。
「アイツ、昔からロクなことをしなかったから……地震をおこしたり、旅人をおそったり、草木を枯らしたり」
「それもそうね」
 ユズメさんも、顔をくもらせた。
 シノブくんは、ふと手の中の水晶をみて、ほほえんだ。
「イスルギさんの石の剣が、ぼくを守ってくれたよ。ありがとう」

 わたしが落ちてこなければ、ずっと土にふかく埋もれたままのはずだった……その石を大切にしよう、そう思った。
「ね、さっきイスルギさんが歌っていたのは、どこかに伝わる子守歌かな」
 シノブくんは、すっかりいつものシノブくんだ。

「彼方にまたたく 夢の星
 あわくきらめく 時の石……」

 わたしは、なぜか覚えていたあの歌を、そっとまた歌いはじめた。


     (『水晶の剣』 2013.6.20 )

 

 

 

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TITLE: 水晶の剣 (4)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 06/17/2013 12:33:55

 

 


 パラッ。
 赤い石粒が、大ムカデの足にあたって、地に落ちた。
 すると、そこから緑の芽がでて、ふた葉となり、ふた葉から本葉、さらに本葉のあいだから、くるくるとしなやかなツルが伸びはじめた。
 ツルは、緑の葉をしげらせながら、太く長くどこまでも伸び、大ムカデにからみついた。
 ツルにからまれ、大ムカデの動きが、にぶくなった。
「この子を安全なところにつれていきましょう……あなたもいっしょに」
 銀の髪の女の人が、ミナコちゃんをだきあげた。
 わたしは、首をふった。
 目の前に、腕をおさえたシノブくんがいる。
「そうね……そばにいてあげて」
 その人がほほえんでうなずくと、風がふいて銀の髪がなびき、一瞬ののち、ミナコちゃんをだいた姿はかき消えた。
「イスルギさんも、にげてくれればよかったのに」
 シノブくんが、ため息をついた。
「守らなきゃいけなくなる……」 
 わたしは、ポケットにしまっておいた水晶をとり出し、シノブくんにさしだした。二人でオモカゲ山を歩いて、穴の底でみつけた、あの水晶だ。
「これを……おれた剣のかわりに」
 シノブくんは、目をまるくして、わたしと水晶とを見くらべた。
「ありがとう」
 いつもとちがうきびしい顔だったシノブくんが、いつもとおなじように、にっこりした。
「使わせてもらうよ」

 シノブくんが、わたしの手から水晶をうけとった。水晶がかがやきはじめ、氷のようにすきとおった剣にかわると、シノブくんは、その剣先を天にむけた。
「ひと粒は、千粒に。千粒は、万粒に」
 よくとおる声がひびくと、大ムカデにまきついたツルが、いっそう太く長くなり、葉をしげらせた。やがて、葉のすきまからツボミがふくらみ、ツルのあちこちで黄色い花がさきはじめた。
 まるで黄色いチョウがとまっているような……三日月と小さなうず巻きとを組みあわせた形の……そう、その花はシノブくんの髪飾りに似ていた。
 大ムカデが身をよじらせると、シノブくんがかざす水晶の剣が、いっそうかがやいた。
 黄色いチョウのような花たちが次々に散り、あとにたくさんの緑のサヤがついた。サヤはみるみるふくらみ、茶色に色づき、パラパラと雨のように、赤い粒をこぼした。
 地に落ちた赤い粒から、クシの歯ほどたくさんの、あたらしいツルが伸び、大ムカデにまきついた。
「もういいかげん、この地にしずまれ」
 シノブくんが、水晶の剣先を、大ムカデに向けた。
 大ムカデは、緑のツルにとらわれながらも、おれた剣のささった目玉で、にらみつけてくる。
 アミの目のようにビッシリまきついたツルが、大ムカデごとグイグイ地面にしずもうとしている。たちこめる空気が、おもくるしい。
 きらめく剣を大ムカデに向けたまま、みじんも動かなかったシノブくんが、ふいに腕をおさえた。
「…ぃつっ…」
 剣先がゆらぎ、シノブくんが、うずくまった。
 その一瞬をまっていたのか、大ムカデが、尾で地を打ってはね上がり、からまるツルをひきちぎった。
「あぁ、しまった」
 ちぎれたツルをふりおとし、大ムカデは、黒いイナズマのはやさで水ぎわにすべり込み、しずんでいく。
「にげられた……」
 シノブくんが、くやしそうにつぶやいた。
「黒沼の底に?」
「いや、もっと底深いところに……」

 

 

 

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TITLE: 水晶の剣 (3)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 06/16/2013 12:32:26

 

 


 なにがおこるのだろう?
 胸さわぎがして、わたしはふりかえった。
 黒沼が波だち、水面がもりあがり、わきおこった水ばしらの中から、天を突くような黒い生き物があらわれた。
 それは、無数の足をもつ大ムカデで、うねりながら沼からはい出してきた。
 シノブくんの手の中で、水晶がかがやく剣になった。
「ひさしぶりだが……なぜ目覚めた?」
 大ムカデは、らんらんと光る目玉でシノブくんをひとにらみし、黒い波頭となってすべり、キバをむき、おそいかかる。
 それをかわしたシノブくんが、まるで波のりをする身のこなしで、黒光りする大ムカデの背に飛びうつった。
「わるいな、また退治させてもらう」
 シノブくんが、両手でにぎった剣を、大ムカデの首に突きたてた。けれど、黒がねのようなその体から剣ははじかれ、シノブくんは沼の中へと、はね飛ばされた。
 水しぶきをあげて落ちながら、シノブくんがさけんだ。
「にげろ!」
 大ムカデが、するすると、こちらに向かってきた。無数の足が波うって、とてもはやい。
 わたしはミナコちゃんの手を引き、にげたけれど、すぐ追いつかれそうになった。
 ミナコちゃんが、木の根につまずいて転んだ。わたしは、ミナコちゃんにおおいかぶさり、目をとじた……もうダメだ。そう思ったのに、なにもおこらない。
 ギュッとつぶった目をあけると、ずぶぬれのシノブくんが、わたしとミナコちゃんの前に立ち、水晶の剣で、大ムカデの黒光りするキバを押しとどめていた。
「にげてくれ、はやく」
 ギリギリと力がぶつかりあい、水晶の剣にヒビがはいった。すきとおった刃がみるみる白くくもり、切っ先がくだけ散った。
 シノブくんは、折れのこった剣を、大ムカデめがけて投げつけた。そのとたん、大ムカデは、はげしく身をよじってあばれ出した。
 くだけた剣が、大きな目玉に命中したのだ。
 やみくもにふりおろされた、するどい尾が、わたし達をかばうシノブくんの腕をかすめ、赤い血が飛びちった。
 パラパラ……
 雨がふるような音がして、シノブくんの血のしずくが大地にしたたると、それは小さな赤い石粒にかわった。
 こんなときだというのに、それらは、とてもきれいな石粒だった。思わず、ひと粒を手にとると、シノブくんがさけんだ。
「イスルギさん、それをあいつに投げつけて」
「そうよ、それを投げて」
 ふわりと、よい香りがたちこめ、耳もとでやさしい声がささやいた。
「え?」
 おどろいてふりむくと、銀色の長い髪をゆるくたばねた女の人が、ミナコちゃんを助けおこしていた。
 ひらりと、金のはねのチョウが舞いとんだ。
 女の人がわたしを見つめ、だいじょうぶ、とうなずいた。
 とっさにうなずき返し、わたしは、にぎりしめたこぶしをかまえると、ありったけの力で大ムカデめがけて、その赤い石粒を投げつけた。

 

 

 

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TITLE: 水晶の剣 (2)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 06/15/2013 23:39:13

 

 


 ふかい木立ちのはざまを、みえない糸にひかれるように、金のはねのチョウが飛んでいく。
「もう、ここらはユズメさんの庭だ」
 シノブくんが、あたりを見まわした。
「ユズメさん?」
 わたしが問いかえすと
「そう。オモカゲ山の東には『アズマの宮』、西には『シノブの宮』がある。そのまんなかにあるのが、『ユズメの宮』だよ」
 金色の羽ばたきが、ヒラリと目の前をよこぎり、シノブくんが立ちどまった。
「ほら、黒沼だ」
 木立ちにかこまれ、水をたたえて静まるその沼は、すいこむように暗い色をしていた。
 黒沼のほとり、ぼんやりと水面をながめながら、ひとりの女の子がうずくまっていた。
 ふちのついたボウシをかぶり、かわいいピンクのリュックをしょっている。
「ミナコちゃん?」
 シノブくんがそっと声をかけると、その子はびっくりした顔でふりむき、ポロッと涙をこぼした。
「やっぱり、遠足にきた小学生だな。先生や友だちのところへ、つれていってあげよう」 
 シノブくんが手をさしだすと、その子の涙が、ポロポロと止まらなくなった。
 心細かったんだね……みんなとはぐれてから、ずっと。
 わたしは、思わずミナコちゃんのとなりにかがみ込んだ。
 いっしょに黒沼の水面を見つめながら、ふと口ずさんだ。

「彼方でまたたく 夢の星
 あわくきらめく 時の石
 石をみがいて 星にしよ
 涙のかけらも 友にして
 闇のしずくを いやすまで」

 トロリとふかい沼の水に、さざ波がよせた。
 なぜ、こんな歌をおぼえているのだろう。さっぱり思い出せなかった……でも、わたしが歌いおわったとき、ミナコちゃんの涙は止まっていた。
 わたしは、ミナコちゃんの髪をなで、なるべくやさしく声をかけた。
「お友だちのところへ行こう?」
 ミナコちゃんは、コクンとうなずき、立ちあがった。
「そうだね、行こうか」
 シノブくんが、にっこりうなずいたとき……なまぐさい風がふき、木立ちがざわめいた。
 ハッとしたように目をみひらいて、シノブくんはあたりを見まわし、ふいにきびしい顔をした。
「イスルギさん、ミナコちゃんをつれて、黒沼からはなれて」
 そしてシノブくんは、金のはねのチョウに、声をかけた。
「ユズメさんを呼んできてくれ、今すぐ」
 ふわりとチョウが飛びたつと、シノブくんは首にかけたヒモを、グイッと引っぱった。ヒモがちぎれ、胸もとにあった水晶が、シノブくんの手の中に落ちた。と、その水晶が、みるみる輝きはじめた。
 とまどっていると、シノブくんが強い力でわたしの手を引っぱり、木立ちの奥を指さした。
「いそいで!」
 わたしは、ミナコちゃんの手をとり、かけ出した。
「なぜだ、もう千年以上ずっと眠っていたのに……」
 黒沼に背をむけ、かけ出したわたし達。その後ろで、シノブくんの、ひくくつぶやく声がきこえた。

 

 

 

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TITLE: 水晶の剣 (1)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 06/15/2013 18:05:36

 

 


 ツユクサの青い花のむれが、そこだけとぎれて、ふかい穴があいていた。
「ここだったのか、君が落ちてきたのは……」
 シノブくんが、のぞきこんだ。
「ずいぶん大きな穴だね……あ、イスルギさん?」
 わたしは、シノブくんの声を背中にききながら、穴のしゃ面をすべりおりた。穴の底で、なにかがキラリと光ったのだ。
 ……とある春の夜、わたしは星くずたちにまじり、オモカゲ山のこの場所に落ちてきた。いま思い出せるのは、それだけだ。
 日の光をうつした水面のように、チラチラ光る何か……わたしは、穴の底の土に埋もれたそれを、指でほりおこした。
 しめった土につつまれたそれは、細長い、先のとがった六角の柱のような石だった。手のひらにおさまるほどの大きさで、ひんやりと重みがある。
 わたしは、穴からはいあがって、シノブくんにその石を見せた。
「これはね、水晶……ふかく埋もれていたから、結晶が大きいし、よくすきとおっている」
 シノブくんは、にっこりした。
「オモカゲ山は、水晶がとれる山なんだ。ほら、ここにもひとつ……」
 シノブくんが、自分の首にかけたヒモを持ち上げると、ヒモの先には、キラリと光る六角柱の石がつるされていた。
「ぼくがそこらで拾った石より、イスルギさんの見つけた水晶は、ずっと大きくてきれいだね」
 わたしは、手のひらの石の、土をぬぐってみた。すずしい光が広がる。
 わたしが、どこかから落ちてきて、オモカゲ山の地面にこんな大きな穴をあけ、そして見つかった結晶……いま、手の中にある……それが、ふしぎだった。
 わたしが落ちてこなければ、ずっと土にふかく埋もれたままのはずだった……この石を大切にしよう、そう思った。
「おや?」
 シノブくんが、首をかしげた。
「風にまじって、誰かをさがす声がするね」
 わたしも目をとじて、耳をすました。
「……ミナコちゃん、ミナコちゃーん……」
 たしかに、何人もの声が、女の子の名を呼んでいる。
「いまは、小学校の遠足の季節だからなぁ」
 シノブくんが、つぶやいた。
「きっと、子どもが迷子になったんだろう」
 シノブくんは、自分の髪にさしていた三日月型の飾りをはずし、手のひらでつつんだ。あわい金色の、三日月と小さな渦巻きとを組みあわせたような髪飾りだ。
 シノブくんが手のひらをそっとひらくと、その髪飾りは、金のはねのチョウに変わっていた。
「ミナコちゃんって子をさがしてほしいんだ、たのむよ」
 シノブくんが、手のひらを宙にさしのべると、金のはねのチョウは、ふわりと風に舞った。
「さぁ、あのチョウについていこう」
 シノブくんは、大きな歩はばで、歩き出した。

 

 

 

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TITLE: オモカゲ草 (5)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 05/20/2013 23:25:43

 

 


「オモカゲ山の オモカゲ草は
 カガミ草といいまする いいまする

 オモカゲ山の ユメミガサキの
 カガミ石にさきまする さきまする」

 シノブくんの笛にあわせ、サツキさんの歌声がながれる。
 わたしは、目をとじて聞きほれた。
 まるで夜空とユメミガサキの頂きとが、この歌声で、つながったようだ。
 星の光が、カガミ石へとすべり落ちてくる。
 コガネ色の花がゆれて、ゆれて、ときがとまる。
 麦の穂をもった女神が、ゆっくりと夜空をめぐる。
 かならずくる春、その約束のシンジュ星が、今宵もめぐる……いく千年の昔とかわらずに。

「夜もふけた、もうそろそろ下におりましょう」
 いつのまにかシノブくんが、ヤマブキのちいさな花束を手に、たたずんでいた。
「はい、これ」
 サツキさんは目をまるくして、シノブくんからその花束をうけとった。
「ありがとう……なんだか、この花たち、キラキラ光っているみたい」
「あ。もしかして、星の光をうつしているのかな……カガミ草っていうのだから」
と、シノブくんがこたえた。
 サツキさんは、ほほえんだ。
「帰り道の足もとは、オモカゲ草の花束が、てらしてくれますか」
 シノブくんは、首をかしげた。
「どうかなぁ。下りの石段、けっこうキツいですよ」
 案内しながら先を歩くシノブくんは、しっかりと懐中電灯をにぎっていた。

 人間というのは、夢を見るのがすきな生き物だろうか。
 夜空の星をつなぎ、女神の姿を思いえがいたりして……

「シノブの宮さま どこでしょか
 どこでしょか
 石だんのぼって みぃつけた
 みぃつけた

 シンジュ星さま みぃつけた」

 いつのまにか、サツキさんの歌に、あたらしい詞がくわわっている。
 サツキさんの後から石段をおりながら、わたしは、やしろにもどったらタンポポ茶をいれなおそう、と考えていた。
 今夜は、人間のお客さん……まだ、夜は長い。

 明日は、きっと晴れるだろう。


   ( ―オモカゲ草― 2013.5.20 )

 

 

 

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TITLE: オモカゲ草 (4)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 05/20/2013 11:48:00

 

 


「サツキさん。ユメミガサキって、とてもよく星が見えるんです」
 シノブくんが、東の空を指さした。
「今、地平からのぼってきている青白い星、あれね、スピカです。
春の大三角をえがく三つの星のひとつで、乙女座の一等星」
「あら、あの光る星が……でも、それがなにか」
 サツキさんは、夜空を見あげて、ふしぎそうだ。
「スピカは、乙女座の女神が手にした『麦の穂』だそうです。
 その女神は、とても古い神話の女神で、いろんな場所・時代に、いろんな名でよばれてきました。たとえばイシス、デメテル、アストレア……」
 シノブくんは、ちょっと遠い目をしていた。
「この古い女神たちのいろんな物語ですが……
 大切なもの、大切な誰かをうしなって、女神がさまよい歩くところが、どれも似てるんです。
 女神が手にした麦の穂から、てんてんとこぼれた麦つぶが、大地のコガネの実りの種になり、あるいは、星のちらばる天の河になった。
 そして女神は、乙女の守り神でした。古代のカガミは、女神の聖なるしるし、乙女のおまもりだったんです」
 サツキさんが、手にしたまだ青い麦の穂と、大きな黒い石とを、見くらべた。
「カガミ石と、麦の穂……あ、もしかして」
 サツキさんは、あい色の闇をあおいだ。スピカをたずさえた女神を、春の東の空にさがしている目で。
「そう。ユメミガサキの伝説も、乙女座の古い神話のなごりかもしれない。
 大切な誰かをうしなって、さまよった女神……今も、この地上を夜空から見守っている女神の、かすかななごりです」
 サツキさんは、うなずいた。
「なるほど……カガミ石を麦の穂でこするときに、わたし、あのスピカに祈ってみます」
 ヤマブキの花のむれが、コガネの星々のように、風にそよいでいる。
 サツキさんは、東の夜空を見つめ、目をとじた。
 やがて、銀河をうつすような黒い石を、そっと麦の穂でこすって、静かにうつむいた。
 しばらくしてサツキさんは、夜空を見あげた。
「乙女を泣かせるなんて、ツミな人です、ほんと」
「サツキさん……そういえば」
 思い出したように、シノブくんがつぶやいた。
「スピカの和名は、『シンジュボシ』。
 女神のかなしい伝説は、あの真珠色の光から、生まれたのかもしれないなぁ……」
 サツキさんが、泣き笑いしてこたえた。
「きっと。乙女の涙は、絵になりますから」

 

 

 

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TITLE: オモカゲ草 (3)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 05/19/2013 00:00:00

 

 


「さて、日も落ちて、よい頃あいだ。そろそろご案内しましょう」
 シノブくんが、くちびるから笛をはなして、立ち上がった。
「足もとが、暗いから」
と、シノブくんから手わたされた懐中電灯に、サツキさんはまたわらった。
「シノブの宮の主さまなのだから、もっと神秘的な明かりを使うのかと思ってました」
「電池だって電灯だって、ぼくからすれば、とても神秘的ですよ」
 シノブくんは、軽くこたえて、どんどん草むらの石段をのぼっていく。
「オモカゲ山の頂きまで、急な道だから、気をつけて」
 シノブくんの言うとおり、そこはたいそう急な石段だった。
 オモカゲ山はちいさな山で、のぼり道はわずか十分もかからなかったけれど、頂きについたときには、サツキさんもわたしも息をはずませていた。
「ここが、ユメミガサキ。そして……」
 シノブくんが指さしたのは、宵闇の空につきだすように鎮まっている、大きく平たい峰石だった。
「あれが、カガミ石」
 サツキさんが、夢みるように、歩みよった。

「サツキさん」
 シノブくんが、しずかに呼びとめた。
「麦の穂でカガミ石をこすってみる前に、ひとつ伝説を聞いてくれませんか」
「……伝説?」
 サツキさんが、首をかしげた。
「カガミ石を、麦の穂でこすると、遠くはなれた想いびとのオモカゲが映る……
 でも、ユメミガサキには、それとは別に、もうひとつ伝説があるんです」
 シノブくんは、語りはじめた。
「ユメミガサキのカガミ石を、あるとき若い男女がたずねてきました。
 二人は、それぞれの親に反対されて、結ばれない恋をしていたんです。
 はなればなれになる前に、おたがいの姿を映した二枚のカガミを、二人はカガミ石のかたわらに埋めました。
 やがて、その場所にはヤマブキが育ち、コガネ色の花をさかせるようになりました。
 ほら、今も……」
 黒々としずまるカガミ石。そのほとりで、満開のヤマブキが、夜風をうけ、しなやかに花びらをゆらしていた。
 シノブくんが、にっこりした。
「カガミ草、オモカゲ草と、古いわらべ歌に歌われているのは、このヤマブキの花なんです」
 ゆるされず、結ばれず、けれども、その想いは今もコガネ色にかがやいて、年ごとに花ひらく。あたらしい春がめぐるたび……

「オモカゲ山の ユメミガサキの
 カガミ石にさきまする さきまする」

 サツキさんは、ふと歌ってみて、悲しげに首をふった。
「この世で結ばれないなら、いくら年ごとに花がきれいに咲いたって……」

 

 

 

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TITLE: オモカゲ草 (2)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 05/19/2013 15:15:50

 

 


 お客さんを、古びたやしろまで案内すると、わたしは木立ちにかくれた。
「ありがとう、ふしぎなキツネさん」
 どういたしまして。
 なぜかくれたかといえば、人間の、とくに大人の相手をするときは、人の姿かキツネの姿か、どちらかにしなければいけない。そう、シノブくんに教えられたからだった。
 人なのにキツネの耳やシッポが残っているのは、どうやらよくないらしかった。
 そこでわたしは、木立ちのかげで、白狐から人へと姿をかえると、お客さんにお茶を出すために、いそいでやしろの裏手から「くりや」に入った。
 タンポポの妖精さんが
「いつもシノブくんのそよ風が、種をとおくまで飛ばせてくれるから助かるわ。
 御礼に、どうぞ」
と、たくさんわけてくれた「タンポポの根」。その長い根をほして、きざんで、水から煮出して、こい茶色のお茶をいれる。
 それがタンポポ茶で、「シノブの宮のおもてなし」だった。
 まるい木の盆に、いれたてのタンポポ茶をついだ湯のみをのせ、二本足でしずかに運んでいくと、
「あ。イスルギさん、ありがとう」
と、シノブくんが、わたしの名を呼び、声をかけてくれた。
「あのね、この方は、サツキさんといって、カガミ石に行きたいそうだ」
 わたしは、ペコンとおじぎして、シノブくんのかたわらに座り、サツキさんのお話を、いっしょに聞いてみることにした。
 カガミ石……さっきの歌にでてきた言葉だ。それに、サツキさんが持っている麦の穂も、なんだか気になる。
 いろいろふしぎに思うことがあり、なによりあの歌声をもう一度聞いてみたくて、わたしは、サツキさんのきれいな横顔をながめた。

「想いびと、ですか?」
 タンポポ茶を飲みながら、のんびりした声で、シノブくんがたずねた。
「今どき、人の世には電話やメールなど、便利なものがありますね。
 それなのに、カガミ石に?」
 サツキさんは、飲みかけの湯のみをおき、こたえた。
「電話やメールは、とだえてしまったので……
 神だのみです。
 カガミ石に祈って麦の穂でこすると、石は、遠くはなれた想いびとのオモカゲを映しだしてくれる……そんな昔からの言い伝えを、信じてみたくて」
 シノブくんは、首をかしげた。
「相手のきもちを知りたいのなら、電話やメールで直接たずねるのが、たしかな方法だと思うけどなぁ」
 サツキさんは、目をまるくして、すこしわらった。
「お宮にいらっしゃる方なのだから、もっと神秘的なアドバイスをくださると思ってました」
「うーむ。その昔、カガミ石で想いを伝えあったという、はなればなれの男女も、もし今を生きていたら、まよわず電話やメールを使ったと思うなぁ」
「もし今を生きていたら……」
 サツキさんが、さびしそうにつぶやいた。
 シノブくんは、まじめな顔になった。ふと、何かを考えていたけれど、やがて笛を手にとり、しずかに吹きはじめた。
 あの、ものがなしい、あたたかなメロディだった。

「オモカゲ山の オモカゲ草は
 カガミ草といいまする いいまする」

 サツキさんが、笛にあわせて、そっとくちずさんだ。 
 この声……この歌声。
 なんだろう、胸にしみとおり、わたしを強くひきつける……

 

 

 

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TITLE: オモカゲ草 (1)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 05/19/2013 12:50:43

 

 


 明日は、きっと晴れるだろう。
 ころころと草むらをころがると、タンポポのわたげが、いっせいにバラ色の空へまいあがっていく。
 この風は、どこまで?
 わたげ達は、どこへ?
 わたしは、たずねまわるように、あちらにはね、こちらにはね、フワフワしたわたげを散らしつづけた。
 そんなわたしの白い毛なみを、夕日がすきとおった桃色にそめる。
 すがすがしい夕ぐれだ。
 さんざんはねて遊んで、さてそろそろシノブくんのやしろに帰ろうと、思いきりのびをしたとき……わたしは、ふと耳をそばだてた。
 だれかが、のぼってくる。足音そして歌声が、かすかにひびいてくる。

「オモカゲ山の オモカゲ草は
 カガミ草といいまする いいまする」

 おや?
 オモカゲ山といったら、今わたしがいる、この場所のことだ。
 わたしは、草むらにうもれた石段をみおろした。

「オモカゲ山の ユメミガサキの
 カガミ石にさきまする さきまする」

 ユメミガサキといったら、このオモカゲ山の三つの峰のひとつのことだ。
 わたしは、目をとじて、鼻をくんくんさせた。人のにおいが、だんだん近づいてくる。

「シノブの宮さま どこでしょか
 どこでしょか」

 はて?
 「シノブの宮」といったら、日頃わたしが居候している、あの「やしろ」のことだろうか?

「石だんのぼって みぃつけた
 みぃつけた」

 ふしぎな歌声とともに、草むらをかきわけてのぼってきたのは、すらりとした背たけの、まだ若い女の人だった。なぜだろうか、その片手には、青い麦の穂があった。
 その女の人は、わたしの姿に立ちどまり、ぱっちりした目をみひらいた。
「まぁ、かわいい! 白いワンちゃん」
 わたしが耳をピクリとうごかし、シッポをフサフサゆらすと、女の人は首をかしげた。
「ワンちゃん、なのかしら? それとも……白いキツネさん?」
 わたしがじっと見つめかえすと、その人は、笑顔をうかべてつぶやいた。
「白いキツネさんなら、まるで神さまのおつかいね。
あのぅキツネさん、わたし、迷子になりかけているの」
 そして、麦の穂で拍子をとりながら、さっきの歌をくちずさんだ。

「シノブの宮さま どこでしょか
 どこでしょか」

 なんだかものがなしく、でも、あたたかみのある歌声だった。
 わたしは、その声をもっと聞いてみたかった。
 それに、もしこのオモカゲ山にお参りにきた人が迷っていたら、道案内をするように、シノブくんからたのまれていた。
 ということは、この女の人は、わたしのはじめてのお客さんだ。
 わたしは、コン、とひと声なき、合図をしてみた。
 ちゃんとついてきてくれるだろうか。
 わたしは、女の人をふりかえり、ふりかえり、草むらにうもれて今にもとぎれそうな石段を、ピョコンピョコンとのぼっていった。

 

 

 

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TITLE: 四月の雨(5)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 04/11/2013 14:14:56

 

 


 どれほどのときが、たったのか。
 雨だれの音に目をあけると、わたしは、イグサのしきものの上、うすがけのふとんをかけられ、やしろのゆかにねかされていた。
「白ギツネの子か……どこからまよいこんだのか」
「森のケモノのにおいがまるでしない、ふしぎな子だね」
 アズマさんとシノブくんとが話しているのは、どうやらわたしのことだ。
 おきあがると、ふたりがそろってこちらを見た。
 やしろのあけはなした戸のむこうは、宵やみの森だ。雨がふりつづけている。
 シノブくんが、にっこり声をかけてくれた。
「おや、目がさめたね」
「たあいもない。花見酒によい、キツネの耳やらシッポやら出して、ねむりこけておったぞ」
 アズマさんが、カラスのようなくちばしでカラカラわらった。
「おぬし、どこから来た。名は、なんという?」
 たずねられて、わたしはこまった。
「わたしは……わたしの名は、イスルギ」
 そこから先のことばが、みつからない。
 戸口にたち、雨もようの夜空をみあげた。
 なんども見聞きし、よく知っている気がするのに、ここは、はじめておとずれる見しらぬ世界だった。
「よくふる雨だね。ゆうべは、たくさんの流れ星がおちたのだけど。今夜は、星も見えない」
 シノブくんがためいきをつくと、アズマさんがこたえた。
「まぁ、そういうなよ。四月の雨は、五月の花をじゅんびする、と昔からいうのだぞ」
 四月の雨、五月の花。
 そのとき、宵やみをながめるわたしの目から、ポロンとひとつぶ、しずくがおちた。
(ハレヤカナ、ウタゲヲ、アリガトウ……)
 あの雨つぶだった。
 つめたい天からの旅のなかば、いちどでいい、花の宴を見たかったのだろう。のぞみのかなった雨つぶは、森の土にすいこまれていった。
「おぬし、泣いているのか」
 アズマさんがいった。
「いえ、そうではなく……」
 わたしは、目をこすった。雨のしずくは、地にかえった。
 けれど、わたしはどこから来て、どこへ行くはずだったのだろう。
 夜の天地のはざまで……
 シノブくんが、わたしのかたにポン、と手のひらをおいた。
「はじめて見たとき、思ったよ。もしかして、この子は……どこかとおくから来た、大切なお客さんなのかもしれないな……って」

 とある四月の雨の夜、わたしは、見しらぬ森で、シノブくんのやしろのお客になった。

  ( ―四月の雨― 2013.4.11)

 

 

 

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TITLE: 四月の雨(4)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 04/10/2013 17:38:05

 

 


 うすむらさきのリボンをつけたおじょうさんが、花びらのかたちのコップに、のみものをそそいだ。
「スミレのおさけは、いかが?」
 すすめられて、ひとくちすすると、あまくてやさしい味がする。
 年輪をきざんだテーブルに、うすい花びらがまいおりてきた。
 羽ごろもをまとった女の人が、ながいかみをなびかせ、ふわりと宙にうかんでいる。
 シノブくんがしずかに笛を吹くと、女の人は、サクラの小枝を手に、たおやかに舞いはじめた。
「サクラの花は、すぐにちってしまうからな。このひとときの舞いのために、宴をひらいたのだ」
 カラス天狗のアズマさんが、ムスッとつぶやくと、笛の音にあわせ、よくとおる声でうたいあげた。

「あまつかぜ くものかよひじ ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめむ」

 さいてすぐちる、まいおりてすぐ天にかえってしまう、天女のようなサクラの花。
 風に花びらがながれる、雨のようにながれる。
(ヤット、アエタ……)
 わたしのむねのおくで、あのちいさな声がささやいた。
(ハナニ、アエタ……)
 わたしの目をとおして、いま、このけしきをながめているのは、ひとつぶの雨のしずくなのかもしれない。
 むねのおくが、スミレ色にそまる……あまくやさしく、あたたかなスミレ色に。
 わたしは、じぶんのとがった耳や、ながいシッポが、ピョコンととびだすのをぼんやり感じ、切り株のテーブルにつっぷすと、そのままふかいねむりにおちた。

 

 

 

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TITLE: 四月の雨(3)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 04/09/2013 00:31:28

 

 


 足をふみいれると、やしろの中のはずのそこは、いちめんの野原だった。
 草の原に花がさき、チョウがまっている。みあげても空はなく、ただ、金のひかりがすべてをみたして、あたたかい。
 ぬれそぼったわたしの手足のさきまで、あかりがともったように、あたたまってくる。
 目をまるくしているわたしを、男の子がふりかえった。
「おどろかせてしまったね。ぼくの名は、シノブ。こっちの大きいのは、カラス天狗のアズマ」
 羽うちわをもった大男は、わたしを横目でムスッとにらんでいる。
 きいろいボウシの女の子が、かけよってきた。そして、
「おきゃくさま、おきゃくさま」
と、わたしの手をとり、みどりのスカートをくるくるゆらして、はしゃぎまわる。
「あ、このとてもげんきな子は、タンポポさん」
 そういうシノブくんに、女の子は、はずむようにねだった。
「シノブくん、笛。はやく笛をふいて」
 シノブくんは、横笛を口にあてると、野を歩きながら、ゆっくりとふきならした。
 笛の音にさそわれたのか、きいろいボウシの女の子たちが、つぎつぎにかけてきて、シノブくんのまわりで、ゆるく輪になった。
 シノブくんが歩くにつれ、笛の音と、わらいさざめく声が、右にいったり左にいったり。大きくなったり小さくなったり。
 みどりのスカートが、くるくるゆれる。手に手にもった、ツクシのバトンをくるくるまわす。きいろいボウシの子らの輪おどりは、シノブくんやアズマさん、わたしをとりまき、めぐりつづけた。
 いつしかわたしは、笛の音をおいかけて、いちめんのタンポポが風にゆれる、金のひかりの道を、歩いていたのだった。

 笛の音が止み、シノブくんがたちどまった。
 タンポポさんたちが、いっせいにわたしの手をとり、大きなテーブルの席にひっぱっていった。
 大きな大きな切り株のテーブルを、小さな切り株のイスがかこんでいる。
 金の野原のまんなかにある、そのふしぎな席に、わたしはすわった。

 

 

 

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TITLE: 四月の雨(2)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 04/07/2013 02:41:34

 

 


 かすかな笛の音、わらいさざめく声が、どこからかながれてきた。
 右からきこえたかと思うと、こんどは左から。大きくなったり、小さくなったり。そのひびきがふしぎで、わたしは、くらくらとめまいをおぼえた。
 ぼうっとしながらクモの巣のめじるしをさがしていると、とおくにぽつんと、あかりが見えた。
 木々のむこう、こがね色のまたたきが、まるで「こちらにおいで」とよんでいるようだ。
 わたしは、みぶるいをひとつして、そのあかりをめざした。
 笛の音やわらい声が、だんだんと大きくなった。
 おいしげる木々がぽっかりひらけると、そこは、こじんまりした広場だった。

 石の鳥居のおく、ふるぼけた「やしろ」が、雨にぬれている。そのあけはなした戸から、こがね色のあかりが、こぼれていた。
 あたたかそうだ……
 わたしは、すいよせられるように、やしろの石段をのぼった。
 やしろの柱と柱のあいだには、ふとい縄がはりわたしてあった。
 その縄の下をくぐったとき、笛の音がぴたりと止み、わたしはたちどまった。
「だれだ、われらの宴にふみいる者は」
 われがねのような声が、あたりをビリビリふるわせ、わたしは、みをすくめた。

 戸のむこうから、ぬっと顔をつきだしたのは、大きなくちばし、するどい目……しろい着物に、くろいエボシをかぶった大男だった。
 大男は、手にした羽うちわを、ぴしりとわたしに向けてきた。
「おかしいなぁ、ちゃんと結界をはったはずなのに」
 大男のわきからヒョイとのぞいたのは、笛をかた手に小首をかしげる、男の子だった。
「あれ、みなれない子だね。ごめん、きょうは花の宴で、人の子は……」
 すまなさそうに、男の子は、わたしをながめた。

「人の子!はやく、もときた道をかえれ」
 カラスのようなくちばしをクワッとあけて、大男が、わたしをにらんだ。あいかわらず、羽うちわをかまえている。
「でないと、ふきとばしてしまうぞ」
 おおきく羽うちわがひるがえった。
「ちょっとまって、アズマ」
 男の子が、戸のむこうからとびだして、大男のうでをおさえた。
「なにをする、シノブ」
 大男が、目をむいた。
「あ、いや。この子は、もしかして……」
「もしかして……なんだ?シノブ」
 大男は、いぶかしげに羽うちわをおろした。
「うん、アズマ。この子は、もしかして……」
 シノブとよばれた男の子は、うなずいて、わたしにわらいかけた。
「ずぶぬれだから、ほっとくと、カゼをひきそうだと思ってさ」

 おいで、とさしだされた男の子の手にひかれ、やしろの戸をくぐると、こがね色のあかりが、わたしをつつんだ。

 

 

 

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TITLE: 四月の雨(試作)

CATEGORY: 創作「オモカゲ山のシノブくん」 DATE: 04/04/2013 17:40:20

 

 


 ごうごうとうなる風が、体をおしながす。耳がちぎれそうなほど、つめたい天の風だ。矢のようにはしる星くずたちにまじり、わたしは、ひとすじの流れ星となって、地にふりそそいだ。

 めざめると、暗い穴の中だった。
 しめったコケのにおいで、鼻がむずむずする。くしゃん、とくしゃみをして、頭をひとふりすると、体がぬれていることに気づいた。
 どうやらわたしは、まっさかさまに落ちたいきおいで、しっかりと土に穴をあけ、地面にもぐってしまったらしい。
 井戸のそこからよじのぼるように、もがきながら、地上に顔をだした。くもった空から、かぞえきれない水のつぶが、わたしに落ちてくる。
 ここは、どこだろう?
 さむい……

 空をみあげたわたしの目、そのかたほうに、ポトンとひとつぶ、しずくが入った。
 そのしずくは、しんじゅ色のまくで、わたしに見える世界をふさいだ。ツンとすんだ、でもやわらかないたみが、体をながれた。
「ハ・ナ・ニ……」
え?
「ハナニ、アイタイ」
 わたしのではない小さな声が、むねのおくでささやいた。
「ウ・タ・ゲ・ニ……」
 はっとして、むねをおさえると、また小さな声がした。
「ウタゲニ、イッテミタイ」
「きみ、だれ?」

 たずねて耳をすますと、ふりしきる水の音にまじって、その小さな声はこたえた。
「シガツノ……アメ」
 四月の雨。

 まぶたのおくに、しんじゅ色のまくがすいこまれ、ふいに世界は色をとりもどした。ツンとつめたい、やわらかな色だ。
「ハナにあうため、ウタゲにいきたい?」
 とほうにくれた。
 わたしには、なんのあてもなかった。ちょっとぼんやりしてから、あてはなくても、でかけてみることにした。
 雨にうたれ、ゆっくりと、わたしは歩きだした。

 あたまのてっぺんから、ゆびのさきまで、しずくがポタポタすべりおちていく。
 森の木々は、やっぱりてっぺんから枝のさきまで雨にぬれながら、とてもしずかに立っている。
 ほんとうに、ここはどこだろう?
 草むらで、クモがしずかに、じぶんの巣にいる。
雨つぶをちりばめた、うずまきもようの巣の上に。
 葉かげのクモの巣で、きらきらふるえる雨つぶが、なんだか → というかたちに、うきあがって見えた。
 ぬかるんだ小道のわきの草むらには、あちらにもクモの巣、こちらにもクモの巣。
 ひとつずつのクモの巣に、それぞれ雨つぶのえがく → が、まるで道あんないでもするように、ゆれて光る。
 いったいどこまでつづくのだろう。
 たどった先のクモの巣にうかぶ、雨つぶのかたちは、小道をはずれた森のおくをしめす、やじるしだった。

 くらくて、みしらぬ森。
 でも、もともとわたしは、まいごだった。
 しっている場所なんて、どこにもない。
「アイタイ……」
 むねのおく、またあの声がきこえた。
 わたしのではない……でも、わたしのなかの声。

 雨の道を、わたしは森のおくへと歩きつづけた。シダの葉かげのクモの巣づたい、雨つぶのやじるしをたどって。

 

 

 

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