オ モ カ ゲ 山 の シ ノ ブ く ん ・ S T O R Y (1)   水 晶 の 剣

 
→ HOME
 
→ 四月の雨
→ オモカゲ草
→ 水晶の剣
→ ホタルこい
 
→ 物語(2)へ
 
→ イラスト
→ アイデア雑記
→ 動画
→ 信夫山資料 (wiki)
→ 「オモカゲ山のシノブくん」へもどる




水晶の剣

 

(1)

 

 ツユクサの青い花のむれが、そこだけとぎれて、ふかい穴があいていた。

「ここだったのか、君が落ちてきたのは……」

 シノブくんが、のぞきこんだ。

「ずいぶん大きな穴だね……あ、イスルギさん?」

 わたしは、シノブくんの声を背中にききながら、穴のしゃ面をすべりおりた。穴の底で、なにかがキラリと光ったのだ。

 ……とある春の夜、わたしは星くずたちにまじり、オモカゲ山のこの場所に落ちてきた。いま思い出せるのは、それだけだ。

 日の光をうつした水面のように、チラチラ光る何か……わたしは、穴の底の土に埋もれたそれを、指でほりおこした。

 しめった土につつまれたそれは、細長い、先のとがった六角の柱のような石だった。手のひらにおさまるほどの大きさで、ひんやりと重みがある。

 わたしは、穴からはいあがって、シノブくんにその石を見せた。

「これはね、水晶……ふかく埋もれていたから、結晶が大きいし、よくすきとおっている」

 シノブくんは、にっこりした。

「オモカゲ山は、水晶がとれる山なんだ。ほら、ここにもひとつ……」

 シノブくんが、自分の首にかけたヒモを持ち上げると、ヒモの先には、キラリと光る六角柱の石がつるされていた。

「ぼくがそこらで拾った石より、イスルギさんの見つけた水晶は、ずっと大きくてきれいだね」

 わたしは、手のひらの石の、土をぬぐってみた。すずしい光が広がる。

 わたしが、どこかから落ちてきて、オモカゲ山の地面にこんな大きな穴をあけ、そして見つかった結晶……いま、手の中にある……それが、ふしぎだった。

 わたしが落ちてこなければ、ずっと土にふかく埋もれたままのはずだった……この石を大切にしよう、そう思った。

「おや?」

 シノブくんが、首をかしげた。

「風にまじって、誰かをさがす声がするね」

 わたしも目をとじて、耳をすました。

「……ミナコちゃん、ミナコちゃーん……」

 たしかに、何人もの声が、女の子の名を呼んでいる。

「いまは、小学校の遠足の季節だからなぁ」

 シノブくんが、つぶやいた。

「きっと、子どもが迷子になったんだろう」

 シノブくんは、自分の髪にさしていた三日月型の飾りをはずし、手のひらでつつんだ。あわい金色の、三日月と小さな渦巻きとを組みあわせたかたちの髪飾りだ。

 シノブくんが手のひらをそっとひらくと、その髪飾りは、金のはねのチョウに変わっていた。

「ミナコちゃんって子をさがしてほしいんだ、たのむよ」

 シノブくんが、手のひらを宙にさしのべると、金のはねのチョウは、ふわりと風に舞った。

「さぁ、あのチョウについていこう」

 シノブくんは、大きな歩はばで、歩き出した。

 

 

(2)

 

 ふかい木立ちのはざまを、みえない糸にひかれるように、金のはねのチョウが飛んでいく。

「もう、ここらはユズメさんの庭だ」

 シノブくんが、あたりを見まわした。

「ユズメさん?」

 わたしが問いかえすと

「そう。オモカゲ山の東には『アズマの宮』、西には『シノブの宮』がある。そのまんなかにあるのが、『ユズメの宮』だよ」

 金色の羽ばたきが、ヒラリと目の前をよこぎり、シノブくんが立ちどまった。

「ほら、黒沼だ」

 木立ちにかこまれ、水をたたえて静まるその沼は、すいこむように暗い色をしていた。

 黒沼のほとり、ぼんやりと水面をながめながら、ひとりの女の子がうずくまっていた。

 ふちのついたボウシをかぶり、かわいいピンクのリュックをしょっている。

「ミナコちゃん?」

 シノブくんがそっと声をかけると、その子はびっくりした顔でふりむき、ポロッと涙をこぼした。

「やっぱり、遠足にきた小学生だな。先生や友だちのところへ、つれていってあげよう」

 シノブくんが手をさしだすと、その子の涙が、ポロポロと止まらなくなった。

 心細かったんだね……みんなとはぐれてから、ずっと。

 わたしは、思わずミナコちゃんのとなりにかがみ込んだ。

 いっしょに黒沼の水面を見つめながら、ふと口ずさんだ。

 

「彼方でまたたく 夢の星

 あわくきらめく 時の石

 石をみがいて 星にしよ

 涙のかけらも 友にして

 闇のしずくを いやすまで」

 

 トロリとふかい沼の水に、さざ波がよせた。

 なぜ、こんな歌をおぼえているのだろう。さっぱり思い出せなかった……でも、わたしが歌いおわったとき、ミナコちゃんの涙は止まっていた。

 わたしは、ミナコちゃんの髪をなで、なるべくやさしく声をかけた。

「お友だちのところへ行こう?」

 ミナコちゃんは、コクンとうなずき、立ちあがった。

「そうだね、行こうか」

 シノブくんが、にっこりうなずいたとき……なまぐさい風がふき、木立ちがざわめいた。

 ハッとしたように目をみひらいて、シノブくんはあたりを見まわし、ふいにきびしい顔をした。

「イスルギさん、ミナコちゃんをつれて、黒沼からはなれて」

 そしてシノブくんは、金のはねのチョウに、声をかけた。

「ユズメさんを呼んできてくれ、今すぐに」

 ふわりとチョウが飛びたつと、シノブくんは首にかけたヒモを、グイッと引っぱった。ヒモがちぎれ、胸もとにあった水晶が、シノブくんの手の中に落ちた。と、その水晶が、みるみる輝きはじめた。

 とまどっていると、シノブくんが強い力でわたしの手を引っぱり、木立ちの奥を指さした。

「いそいで!」

 わたしは、ミナコちゃんの手をとり、かけ出した。

「なぜだ、もう千年以上ずっと眠っていたのに……」

 黒沼に背をむけ、かけ出したわたし達。背中ごしに、シノブくんのとまどったささやきが聞こえた。

 

 

(3)

 

 なにがおこるのだろう?

 胸さわぎがして、わたしはふりかえった。

 黒沼が波だち、水面がもりあがり、わきおこった水ばしらの中から、天を突くような黒い生き物があらわれた。

 それは、無数の足をもつ大ムカデで、うねりながら沼からはい出してきた。

 シノブくんの手の中で、水晶がかがやく剣になった。

「ひさしぶりだ……なぜ今ごろ目覚めたんだろう?」

 そうつぶやくシノブくんを、大ムカデは、らんらんと光る目玉でひとにらみした。そして、黒い波頭となってすべり、キバをむき、のしかかるように打ちよせてきた。

 それをかわしたシノブくんが、まるで波のりをする身のこなしで、黒光りする大ムカデの背に飛びうつった。

「わるいけど、また眠ってもらう」

 シノブくんが、両手でにぎった剣を、大ムカデの背に突きたてた。けれど、黒がねのようなその体から剣ははじかれ、シノブくんは沼の中へと、はね飛ばされた。

 水しぶきをあげて落ちながら、シノブくんがさけんだ。

「イスルギさん、なにしてるんだ、はやく逃げて」

 大ムカデが、するすると、こちらに向かってきた。無数の足が波うって、とてもはやい。

 わたしはミナコちゃんの手を引き、にげたけれど、すぐ追いつかれそうになった。

 ミナコちゃんが、木の根につまずいて転んだ。わたしは、ミナコちゃんにおおいかぶさり、目をとじた……もうダメだ。そう思ったのに、なにもおこらない。

 ギュッとつぶった目をあけると、ずぶぬれのシノブくんが、わたしとミナコちゃんの前に立ち、水晶の剣で、大ムカデの黒光りするキバを押しとどめていた。

「にげてくれ、はやく」

 ギリギリと力と力がぶつかりあい、水晶の剣にヒビがはいった。すきとおった刃がみるみる白くくもり、切っ先がくだけ散った。

 シノブくんは、折れのこった剣を、大ムカデめがけて投げつけた。そのとたん、大ムカデは、はげしく身をよじってあばれ出した。

 くだけた剣が、大きな目玉に命中したのだ。

 やみくもにふりおろされた、するどい尾が、わたし達をかばうシノブくんの腕をかすめ、赤い血が飛びちった。

 パラパラ……

 雨がふるような音がして、シノブくんの血のしずくが大地にしたたると、それは小さな赤い石粒にかわった。

 こんなときだというのに、それらは、とてもきれいな石粒だった。思わず、ひと粒を手にとると、シノブくんがさけんだ。

「イスルギさん、それをあいつに投げつけて」

「そうよ、それを投げて」

 ふわりと、よい香りがたちこめ、耳もとでやさしい声がささやいた。

「え?」

 おどろいてふりむくと、銀色の長い髪をゆるくたばねた女の人が、ミナコちゃんを助けおこしていた。

 ひらりと、金のはねのチョウが舞いとんだ。

 女の人がわたしを見つめ、だいじょうぶ、とうなずいた。

 とっさにうなずき返し、わたしは、にぎりしめたこぶしをかまえると、ありったけの力で大ムカデめがけて、その赤い石粒を投げつけた。

 

 

(4)

 

 パラッ。

 赤い石粒が、大ムカデの足にあたって、地に落ちた。

 すると、そこから緑の芽がでて、ふた葉となり、ふた葉から本葉、さらに本葉のあいだから、くるくるとしなやかなツルが伸びはじめた。

 ツルは、緑の葉をしげらせながら、太く長くどこまでも伸び、大ムカデにからみついた。

 ツルにからまれ、大ムカデの動きが、にぶくなった。

「この子を安全なところにつれていきましょう……あなたもいっしょに」

 銀の髪の女の人が、ミナコちゃんをだきあげた。

 わたしは、首をふった。

 目の前に、腕をおさえたシノブくんがいる。

「そうね……そばにいてあげて」

 その人がほほえんでうなずくと、風がふいて銀の髪がなびき、一瞬ののち、ミナコちゃんをだいた姿はかき消えた。

「イスルギさんも、にげてくれればよかったのに」

 シノブくんが、ため息をついた。

「守らなくちゃ、いけなくなる……」

 わたしは、ポケットにしまっておいた水晶をとり出し、シノブくんにさしだした。二人でオモカゲ山を歩いて、穴の底でみつけた、あの水晶だ。

「これを……おれた剣のかわりに」

 シノブくんは、目をまるくして、わたしと水晶とを見くらべた。

「ありがとう」

 いつもとちがうきびしい顔だったシノブくんが、ふいにいつもとおなじ、笑顔をうかべた。

「使わせてもらうよ」

 

 シノブくんが、わたしの手から水晶をうけとった。水晶がかがやきはじめ、氷のようにすきとおった剣にかわると、シノブくんは、その剣先を天にむけた。

「ひと粒は、千粒に。千粒は、万粒に」

 よくとおる声がひびくと、大ムカデにまきついたツルが、いっそう太く長くなり、葉をしげらせた。やがて、葉のすきまからツボミがふくらみ、ツルのあちこちで黄色い花がさきはじめた。

 まるで黄色いチョウがとまっているような……三日月と小さなうず巻きとを組みあわせた形の……そう、その花はシノブくんの髪飾りに似ていた。

 大ムカデが身をよじらせると、シノブくんがかざす水晶の剣が、いっそうかがやいた。

 黄色いチョウのような花たちが次々に散り、あとにたくさんの緑のサヤがついた。サヤはみるみるふくらみ、茶色に色づき、パラパラと雨のように、赤い粒をこぼした。

 地に落ちた赤い粒から、クシの歯ほどたくさんの、あたらしいツルが伸び、大ムカデにまきついた。

「もういいかげん、この地にしずまれ」

 シノブくんが、水晶の剣先を、大ムカデに向けた。

 大ムカデは、緑のツルにとらわれながらも、おれた剣のささった目玉で、にらみつけてくる。

 アミの目のようにビッシリまきついたツルが、大ムカデごとグイグイ地面にしずもうとしている。たちこめる空気が、おもくるしい。

 きらめく剣を大ムカデに向けたまま、みじんも動かなかったシノブくんが、ふいに腕をおさえた。

「……」

 剣先がゆらぎ、シノブくんが、声もなくうずくまった。

 その一瞬をまっていたのか、大ムカデが、尾で地を打ってはね上がり、からまるツルをひきちぎった。

「あぁ、しまった」

 ちぎれたツルをふりおとし、大ムカデは、まるで黒いイナズマのはやさで水ぎわにすべり込み、しずんでいく。

「にげられた……」

 シノブくんが、くやしそうにつぶやいた。

「黒沼の底に?」

「いや、もっと底深いところに……」

 

 

(5)

 

 うずくまったシノブくんの腕からポトン、またポトンと血がしたたる。それは地に落ちて、黒い芽をだし、黒い葉をしげらせた。

「まずいなぁ、あいつの毒気にあてられた……」

 こんなにつらそうなシノブくんを、はじめて見る。どうしよう、わたしはそばにいるのに、何もできない。

「だいじょうぶだから……イスルギさん」

 オロオロするわたしにそういったとたん、ザブンと、滝のような水がふってきて、シノブくんは、びしょぬれになった。

「だいじょうぶでもないでしょ。もう、ホントに、あなたは無茶をするから」

 水がかかると、黒いツルや黒い葉は、すべてしおれて消えた。

「ユズメさん!」

 シノブくんが、ほっとした顔になった。

「ありがとう、助かりました……でも、そんなに水をかけたら傷口がいたいです」

「これは、『たんたら清水』でくんだ、浄めの水よ。いたくても、がまんして」

 ユズメさんと呼ばれたその人は、素焼きの水ガメをかたむけて、傷ついたシノブくんの腕に、水をそそぐ。その小さな水ガメからは、いつまでも水があふれ、つきることがない。

「あの女の子は、遠足の小学生たちのもとに、かえしました。

 わるいユメをわすれるオマジナイをかけてね」

 ユズメさんの姿はたおやかで、たばねた長い銀の髪は、まるで流れる清水のように、日にすきとおっている。

「ほんとにありがとう、ユズメさん」

 シノブくんは、つぶやいた。

「どうしてかなぁ、アイツをみたら、じっとしてられなくて……」

「千年ごしのライバルっていうのかしらね?」

 ユズメさんが、かたむけた水ガメをもちなおすと、あふれる水は、ぴたりと止まった。

「アイツ、昔からロクなことをしなかったから……地震をおこしたり、旅人をおそったり、草木を枯らしたり」

「それもそうね」

 ユズメさんも、顔をくもらせた。

 シノブくんは、ふと手の中の水晶をみて、ほほえんだ。

「イスルギさんの石の剣が、ぼくを守ってくれたよ。ありがとう」

 

 わたしが落ちてこなければ、ずっと土にふかく埋もれたままのはずだった……その水晶のかけらが、わたし達を助けてくれた。オモカゲ山の水晶のかけら……大切にしたい。

「ね、さっきイスルギさんが歌っていたのは、どこかに伝わる子守歌かな」

 シノブくんは、すっかりいつものシノブくんだ。

 

「彼方にまたたく 夢の星

 あわくきらめく 時の石……」

 

 わたしは、なぜか覚えていたあの歌を、そっとまた歌いはじめた。

 

     

 

 

 

 

( ―水晶の剣― 2013.6.20・2015.2.17加筆  ) ©Tomoe Nakamura 2013

 

 

 

→ 水晶の剣 ページトップに戻る

 

 

  御高覧ありがとうございます。