( 試 作 品 )  お か げ 山 の シ ノ ブ く ん

 
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おかげ山のシノブくん

 

 (あずま市ひなた町には、おかげ山という里山があり、

 そこでは不思議なことが、ときどき起こるという風のうわさです)

 

 ★ある女の子の話

 

 おかげ山のトンネル、長い長いトンネル。

 出口は遠い。

 お腹がいたくて、背中がゾクゾク。

 出口は遠い。困ったな……

 

 あ・れ?トンネルの壁、非常ボタンが光ってる。

 この緊急電話、つる草がからんでる。変な形?

 もしもし……あたし、動けないです。

 もう、たおれそう……

 

 光っているボタンを押したら、

 つる草の電話からやさしい声が。

 「待ってて、すぐ行く」

 トンネルの壁、大きなわらじが、

 プカッと現われた。

 大わらじの戸が開き、

 元気そうな男の子がひとり、立っていた。

 「急患だね。さあ、おいで」

 白い着物、わらじを履いた男の子。

 あたしは手を引かれ、

 大わらじの戸の、向こう側へ……

 

 ぐるぐる迷い道、宵闇の草の道。

 お腹のいたみも、背中の寒気もやわらいできた。

 「ぼくの名は、シノブ」

 さらさら小川の音。

 え?

 えーと、あたし……あたしは誰だっけ?

 

 「はい、明かり」

 シノブ君が、ツユクサを一本もたせてくれた。

 葉の先にホタルが一匹、とんできた。

 「あまい水の方へ、道を照らしてくれるよ」

 ホ・ホ・ホータルこい……シノブ君が歌う。

 ゆれるツユクサ、

 青白いホタルの道案内が、消えたりともったり。

 

 小川にそって歩くと、

 木立ちの奥、古池があった。

 「なかんじょ池だよ」

 と、シノブ君がいった。

 「ショキ、ショキ……

 あずきとぎましょか、ショキ、ショキ」

 大きなザルで、

 おばあさんが、小豆を洗っていた。

 古池のほとり、長い白髪に着物姿。

 「おや、この子は具合がわるいのかい?」

 おばあさんは、あたしの顔をみると

 「にがい水でも飲んだかね?

 さ、手をお出し、これをお食べ」

 赤い小豆をポロッと一粒、

 手のひらにのせてくれた。

 

 おばあさんの小豆は、ほろ苦くてあまい。

 ゴクンと飲み込んだら、

 お腹がものすごく痛くなった。

 うーん、うーん、苦しいよ?

 うずくまったあたしの、のどの奥がムズムズ。

 お腹の底から、気持ちわるいモノが、

 ヨイショ、コラショ……

 

 たまらずゴホゴホ、せきこんだら

 黒い影が、ピョン!

 「ほら来た、まかせて!」

 シノブ君が、キラキラ光る水晶の剣をかざした。

 サッと影をなぎ払う。

 とたんに涼しい風が吹き、

 あたしの体はすぅっと軽くなった。

 

 「さぁて、にがい水の小鬼は、

 どこかへいっちゃった」

 シノブ君がニッコリ、水晶の剣をふると、

 なかんじょ池に雨がふった。

 たん、たん、たんたら……

 したたり落ちる清水の音。

 ホタルの群れが、舞いあがった。

 あたしは光の渦に見とれ、シノブ君は歌った。

 

 ホ・ホ・ホータルこい

 あっちのみずは にがいぞ

 こっちのみずは あまいぞ

 ホ・ホ・ホータルこい

 ホ・ホ・やまみちこい

 

 青白い光が、ふわりと目の前をよぎった。

 さっきのツユクサのホタルさん、

 また道案内してくれるの?

 小川にそって帰り道、いつしかめぐる迷い道。

 ふっとちいさな灯が消えて、

 手のひらにヒンヤリ

 かたいしずくが、すべり落ちた。

 「おかげ山の水晶のかけら、御守りにあげるよ」

 暗闇に、シノブ君の声がひびいた。

 

 気がつくと、トンネルの出口。

 夕暮れの歩道、学校からの帰り道……

 あたしは、ひとりで立っていた。

 さっきまで、シノブ君と歩いていた

 「おかげ山」。

 緑の木立ちが、鎮まっている。

 手のひらには、ひとかけらの水晶……

 

 あたしは、くるりとトンネルをふり返り、

 山にペコンとおじぎした。

 「おかげさまで、元気になりました」

 

 手のひらの水晶が、ポカッと光った。

 また、会えるかな……シノブ君?

 

 

 

 (※写真は、信夫山で採れた、頂き物の水晶です)

  

 

 

 

 

 

( ―おかげ山のシノブくん― 2012.7.7 ) ©Tomoe Nakamura 2012

 

 

 

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  御高覧ありがとうございます。