二月四日、けさは立春。雪がふっています。
マヤは飼育当番で、ウサギやチャボのせわをするために、みんなよりはやく小学校にきました。やさいのバケツをはこんでくると、飼育小屋の戸が、すこしあいています。
いちめんの雪には足あとひとつなく、小屋のおくで小さな声がしています。
「遊んでいるひまはないんだよ。もう節分をすぎたのだから」
そっとのぞくと、くらい小屋のすみに、子どもの後ろすがたが、ぽつん、と光っていました。
ザクッ。マヤがやさいのバケツを雪の上におくと、その子がふりむきました。
「あなた、だれ?」
「ぼくのいたずらウサギが、ここのウサギたちと遊んでいたから、むかえに来たんだ」
その子は、長いくろかみを白いひもでたばね、白いセーターに白いズボン、白いくつ。そして、りょううでに白いウサギをだいていました。
男の子がにっこりして立ちあがったとたん、そのうでからピョンと白ウサギがとびだしました。
はねていく白ウサギ、おいかける男の子。
ふたつの白いかげが、まあたらしい雪のつもる運動場を、おどるようにかけていきます。
「あっ、あの子たちの足あとがない!」
とつぜんゴウッと風がふき、マヤの足もとの雪がまきあげられ、あたりが白くなりました。
マヤは風におしながされ、うずくまりました。
ビョウビョウとうなる風にまじり、わらい声がひびきました。
きらめく白いかみの、せの高い女の人が、雪けむりの中にぼうっと立っています。
「雪どけのきせつが来ないように、まぬけな春の使者を、氷のくさりでいくえにもしばり、かたいツララの牢屋にしっかりとじこめておこうかねえ」
じふぶきの風が白いヘビのむれとなってかけめぐり、みるみる男の子の体に、氷のくさりがまきつきました。
「雪バアバ、らんぼうはやめろ」
みうごきできず口をむすんだ男の子。
運動場いっぱいにむれる風のヘビからにげようと、白ウサギがはねまわっています。
ながれる光のようにすばやく、白ウサギは、ぐんぐんおいかけてくる風のヘビたちから、身をかわしつづけます。
「つかまらないで!」
さけんだマヤの体に、おもたい北風のかたまりがドスンとぶつかりました。
「おまえもいっしょに氷にとじこめてやろうかい、こむすめ」
マヤの耳に風のつめたい息がかかり、銀のナイフのような手がマヤのかみやコートのフードをギュウッとひっぱり、りょう足をながぐつごと、よろめかせました。
「たてものに早くはいって!」
氷のヘビにまきつかれた男の子が、ほほをまっかにしてさけんでいます。
「あっ、たいへん!」
マヤの目のまえ、風のヘビたちにおいつめられた白ウサギが、氷のくさりで、いまにもしばりあげられそうです。
マヤはながぐつで雪をけちらしとびだすと、りょううでで白ウサギをだきしめました。
うずくまった頭のうえに、あれくるう風のヘビたちが右に左にゆきかっています。
耳の中でゴウゴウとさけぶ音をきき、白ウサギをだきしめながら、マヤはだんだんぼんやりしてきました。
「ウサギさん……あったかいよ」
マヤのりょううでの中、ぽうっと金のひだまりがひろがり、白ウサギが、ふわりとひとまわり大きくなりました。
「まもってくれてありがとう……
でも、だいじょうぶ。
ぼく、みかけほどよわくないよ。
ときのながれが、みかたなんだ」
あわい金の光のおびをひき、白ウサギが、マヤのうでからピョンと雪の原へはねおりました。
「まっていて。
冬のあとにやってくる、きせつを」
金のひざしのように白ウサギがかけると、ふぶきがしずかになりました。
がんじがらめにされた男の子が、ぐっとうでに力をこめると、氷のくさりはくだけちりました。
男の子はかけだして、校庭のすみで雪にうもれているみずきの木のえだを一本、おりとりました。
そして、かたてを高くあげ木のえだをかざすと、こえだに綿の玉のようにつもった雪が、ふんわり七色にかがやきました。
(あっ、小正月の魔よけの『だんごさし』みたい……)
もも色はレンゲの花、きいろはタンポポ、そら色はオオイヌフグリ、わかくさ色はヨモギのはっぱ…
木のえだにつもった雪の玉がはなつやわらかな虹は、春の野の花や草、青空をそのまま、光のえのぐで白い雪にそめたようです。
男の子が、七色の光をはなつえだを高くふりあげると、なまりいろの雪ぐもから小さな青空がのぞき、いつしかふぶきはやみ、風のヘビや雪バアバのすがたもきえていました。
風にのって、男の子のすんだ声がひびきました。
「雪バアバはらんぼうだけど……
ひとかけらの雪の芯には、ひとつぶの春の種……
雪バアバの雪がふかくつもって、たくさんの春の種が大地にやどるんだ……」
さらさらと雪まじりの風が校庭をふきぬけ、マヤはただひとり、銀のすそをひいた吾妻小富士をみあげて、たっていました。
「まだ見えない。でも、もうすぐ……」
吾妻小富士の山はだは、かがやく雪におおわれています。
二月四日、立春の朝。
「まってるよ、種まきウサギさん?
春のやくそくを、ありがとう……」
(終)
(2010 初稿)
(2015/7/27 加筆)
©Tomoe Nakamura 2010
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