エ ブ リ デ イ ・ マ ジ ッ ク            春 の 種

 
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− 春 の 種 −

 

 

 

「いい季節だねえ」

 新緑の五月になると、いつもマヤのおばあちゃんは、にこにこ顔で言います。

「吾妻小富士に、種まきウサギの姿が見えるよ、ほら」

 毎年の五月、青空に映える吾妻小富士には、茶色の山肌に溶け残った残雪が、ちょうど両耳を立てたウサギの形にくっきり白く浮き上がります。

 昔から福島の人々は、この残雪を『種まきウサギ』と呼んできました。

 種まき時を告げ知らせる春の使者……耳も足も、まるい小さなしっぽさえ、ちゃんとウサギの形になっていて、残雪がどうしてこんな姿に溶け残るのか、マヤには不思議です。

「どうしてだろうねえ」

 おばあちゃんは、やっぱりにこにこ。

「お月様にもウサギが住んでいて、餅つきしているからねえ。

 種まきウサギが毎年の春に種をまくだろう、するとその種が芽を出して育つ。

 やがて秋に実ってとれたお米で、空の上でもああして餅つきするのかねえ」

 

 

 風に乗って、六角形の白い花が舞っています。

 小学校へ通う途中の、マヤの青いダッフルコートの上にも、水晶細工の花びらがふわり、ふわり。

 二月四日。

 立春の今朝は、空気がきりりと凍てついて、舞いおりる雪のひとひらずつも、六角形のかけらを目で見分けられるほど大きいのです。

 コートの上の結晶は、すぐにくずれて、水のしずくへと変わっていきます。

 マヤは立ち止まり、青いそで口に落ちたかけらに、まんまるな瞳を近づけました。

(どうして一かけらずつ、こんな不思議な形をしているのかな)

 白い息をはいて、マヤは凍ってつるつる滑る道を歩いていきます。

 マヤは今朝の飼育当番で、小学校で飼われている動物たちの世話をするために、みんなより早く登校しました。

 降り続く雪がどんどん積もる道を踏みしめながら、マヤは首をかしげました。

(そういえば、ゆうべの夢。あの夢の中でも雪がさらさら降っていた。

 一面の雪野原に、たった一本、うすべに色の花をいっぱいつけたバラの木が立っていて……

 どうしてこんな雪の日にバラが咲いているんだろうって思ったら、目が覚めたんだっけ)

 小学校の門をギーッと開けると、真っ白な校庭には、まだ誰の足跡もついていません。

「やった、一番乗り!」

 マヤは、給食室の裏手から、昨日の給食の残り野菜が入ったバケツを運び出しました。これが、ウサギのえさです。

 まっさらな雪に、ギュッギュッと長ぐつが沈みます。

 後ろを見ると、運動場にマヤの足跡が青く光って一列続いていました。

 飼育小屋の戸が、ほんの少し開いています。

 その戸へ続くのは、マヤがいま雪の上を歩いてきた一列の足跡しかありません。

 耳をすますと、小屋の奥で小さな声がしています。

 

「だめじゃないか、遊んでいるひまはないんだよ。もう節分の日を過ぎたのだから」

 マヤがそっとのぞいてみると、飼育小屋のすみにかがみ込んでいる、一人の子どもの後ろ姿が暗がりにぽつんと光っていました。

 その子は、長い黒髪を白いひもで一つに束ね、背中にゆるく流れさせています。

 コトリ。

 マヤが野菜のバケツを床に置くと、その子がゆっくりふり向きました。

 白いセーターに白いズボン、白い靴をはいた見慣れない子は、両腕に真っ白なウサギを抱いていました。

「あなた、誰?」

「ぼくのウサギが逃げ出して、君んとこのウサギ達と遊んでいたから迎えに来たんだ」

(男の子だったんだ!)

 マヤがびっくりしていると、白い服の男の子はにっこりして立ち上がりました。

 そのとたん、男の子の腕からするりと抜け出した白ウサギが、飼育小屋の外へ飛び出しました。

 はねていく白ウサギ、追いかける男の子。

 二つの白い影が、一面の真新しい雪の原を踊るように駆けていきます。

 マヤが男の子を追いかけ小屋の外へ出ると、運動場に点々と続く足跡は、やっぱりマヤの長ぐつの跡だけでした。

 

 ゴウッと強い風が吹いて、雪煙が立ちました。

 肌を突きさす氷のレースのカーテンが、マヤの足元の雪を巻き上げながら、目の前に広がります。

 さらさらの粉雪は、強い風にあおられると、あっというまに地吹雪へと変わりました。

 マヤは風に押し流され、その場にうずくまりました。

(うわぁ、目を開けていられないよ)

 ビョウビョウと鳴る風にまじり、きしむような笑い声が、渦巻きながら響きわたりました。

 雪煙がゆらめいて、きらめく白い髪をなびかせた背の高い女の人が、吹雪の中にぼうっと立っていました。

「雪どけの季節が来ないように、まぬけな春の使者の白ウサギと風の子を、氷のくさりで幾重にもしばり、硬いツララの牢屋の中にしっかり閉じ込めておこうかねえ」

「雪バアバ、乱暴はやめろ」

 両足を踏みしめ、りんと瞳をみはった男の子の前後左右を、地吹雪の風が幾匹もの白い蛇になって駆けめぐり、みるみるその体に氷のくさりとなって巻きつきました。

 雪バアバの笑い声が、高く低く波のように響きます。

 身動き出来ずに口を結んだ男の子の目の前で、運動場いっぱいに群れる風の蛇から逃げようと、白ウサギがはねまわっています。

 まるで乱反射する光のように素早く、白ウサギは、流れるようにぐんぐん追いかけてくる風の蛇たちから、身をかわし続けます。

 

「がんばって。つかまらないで!」

 思わず声をかけたマヤの体に、重たい北風のかたまりがドスンとぶつかりました。

「お前も一緒に氷に閉じ込めてやろうかい、小娘」

 マヤの耳に雪バアバの冷たい息がかかり、銀のナイフのような手が、マヤの髪の毛やコートのフードをギュウッと引っぱり、長ぐつをはいた両足ごとよろめかせました。

「逃げるんだ、建物の中に早く入って!」

 氷の蛇に巻きつかれた男の子が、ほほを真っ赤にして叫んでいます。

 マヤは、ここから一目散に逃げ出したいと、ふるえながら思いました。

 けれども今、マヤの目の前で、とうとう風の蛇たちに追いつめられた白ウサギが、氷のくさりでギシギシ縛り上げられようとしています。

「ウサギさん!」

 マヤは長ぐつで雪をけちらし運動場に飛び出すと、両腕で白ウサギを抱きかかえました。

 うずくまったマヤの頭の上を、荒れ狂う風の蛇たちが右に左に行き交っています。

 マヤは耳の中でゴウゴウと鳴る風を聞き、息をひそめ、きつく目をつぶって白ウサギを抱きしめました。

 ぼんやりと気が遠くなってきた、そのとき……

「ウサギさん……あったかいよ」

 マヤの両腕の中で、ぽうっと金色の日だまりが広がり、白ウサギがふわりと一まわり大きくなりました。

「守ってくれてありがとう……でも、大丈夫。

 ぼく、見かけほど弱くないよ。

 だって、時の流れが味方だもん」

 淡い金色の光の帯をひき、白ウサギがマヤの腕からぴょんと雪の原へはね下りました。

「待っててね、冬のあとには、春が来るよ」

 

 まるで金色の日差しのように白ウサギが駆けると、吹雪が弱まり、風の蛇たちもだんだん静かになりました。

 がんじがらめにされていた男の子が、ぐっと口を結んで腕に力を込めると、無数のかけらがきらきら砕けちって、氷のくさりがとけました。

 男の子は、束ねた黒髪をゆすって駆け出し、校庭の片すみで雪に埋もれている木の枝を一本、折り取りました。

 白い服の男の子が片手を高くあげ、木の枝をかざすと、小枝に綿の玉のように積もった雪が、ふんわり七色にかがやきました。

(あっ、魔除けの団子刺しみたい……)

 マヤの家では小正月に、木の枝に米粉の団子をいくつも刺した「団子刺し」をおばあちゃんが作って、神棚に飾ります。

 今年はマヤが、米粉の団子に染め粉で色をつけました。

「おばあちゃん、きれいに染まったよ」

「ああ、春の色だね」

 桃色はレンゲの花、黄色はタンポポ、空色はオオイヌフグリ、若草色はヨモギの葉……

 やがて咲く野の花を思いながら、マヤは白いお団子に筆でていねいに色をつけました。

 今、男の子が手にしている雪の枝は、その団子刺しにそっくりで、枝に積もった雪の放つ柔らかな虹色は、まるで春の野原の花や草、青空の色を、光の絵の具で染めたようです。

 そして、白い雪の原に木の枝をかざして立つ男の子のきりっとした横顔、赤いほほ……

(ゆうべの夢……雪の中でうすべに色の花を咲かせていた、あのバラの木とそっくり)

 

 男の子が、七色の光を放つ枝を高くふりあげると、鉛色の雪雲から小さな青空がのぞき、いつしか吹雪はやみ、風の蛇や雪バアバの姿は消えていました。

 澄みきった声が、風に乗ってひびいてきます。

「雪バアバは乱暴だけど……

 ひとかけらの雪の芯には、一粒の春の種……

 バアバの雪が厚く積もって、たくさんの春の種が地面に宿り、あたらしい光の結晶になるんだよ……」

 さらさらと雪まじりの風が校庭を吹き抜け、気がつくとマヤはただ一人、銀のすそをひいた吾妻小富士を見上げて、立っていました。

 

(まだ見えない。でも、もうすぐ……)

 吾妻小富士の山肌は、かがやく雪におおわれています。

 今日は二月四日、立春の朝。

(待ってるよ、種まきウサギさん?

 春の約束を、ありがとう……)

     (終)

 

 

 

 

 

(2006/9 初稿)

(2015/7/27 加筆)

  

©Tomoe Nakamura 2006

 

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