エ ブ リ デ イ ・ マ ジ ッ ク         雨 あ が り ん り ん

 
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− 雨あがりんりん −

 

 

 

 きのうざんざん大雨がふった。

 リュウ君の家の庭に、大きな池ができた。

 けさ、金色のお日様がのぼった。

 リュウ君は、早起きしてすぐ庭に出た。

 まんまるの月みたいな大きな雨水の池は、細長く小さくなって、ふしぎな形の水たまりだけが残っていた。

(この形、何かににているんだけどな。

 首が長くて足が長くて、小さなシッポがあって耳もあって……)

 水たまりのあちこちに大きい石、小さい石が、三角や四角や丸のでこぼこなタイルみたいに散らばっていた。

(この石ころも何かのもようみたい……)

 考えているうち、リュウ君はうれしくなった。

(そう、キリン。水たまりのキリンだ!)

 キリンの横顔は、さびしそう。

(お願い、ぼくに目玉をつけてよ。

 うんとピカピカに透きとおって、世界中が映っちゃう、とびきり素敵な目玉を見つけてよ)

 え? 今、キリンの横顔がそうささやいたよ。

 リュウ君は、胸がドキドキ。

 青いビー玉をひとつ、大いそぎでオモチャ箱から持ってきた。

 そして、そのビー玉を水たまりのキリンの横顔に……ちょうど目の位置に落ちるように、そっと手からはなした。

 ポチャン。

 青いビー玉は、静かに水たまりの底にしずんだ。

「水たまりのキリン、石ころだらけの水玉もよう……だから水玉リン、ミズタマリン!」

 

 ミズタマリンはとってもクール。

 水の中のガラスの目にお日様があたって、チカ!と青い光をはねかえした。

 ぐん、とミズタマリンが、地面から長い首を持ち上げた。

 ちゃぷんと揺れながら大きな体を起こし、長い足をゆっくりおりまげ、前足・後ろ足と一本ずつ伸ばしていって、元気よく地面に立ち上がった。

 うっすらラムネびん色に透き通った体の中、灰色や青や白の大きい石ころ、小さい石ころが浮かんでいる。

 その石ころ達が、ミズタマリンが動くたびユラユラゆれて、コロン・ポロン、オルゴールみたいな音を立てる。

 リュウ君は足がふるえたけれど、そうっとミズタマリンのそばに立った。

 ミズタマリンは落ちつきはらって、まつげの長い横目でリュウ君を見た。

 その目の片っぽうは青いビー玉で、もう片っぽうはやさしくうるんだ、本物のキリンの瞳。

 ミズタマリンは優雅にひざを折って体をかがめ、長い首を地面にさしのべると、背中に乗っていいよ、って噴水みたいなシッポをピュウーッと風に吹き上げた。

 日曜日の朝、パパとママは寝ぼすけ。

 仕事で疲れたよ、なんて言って朝ごはんもまだ。

「いっしょにあそぼうよ、ミズタマリン」

 大人ってなんであんなにいつも疲れているんだろう。

 リュウ君は、ミズタマリンの首に手のひらを置いた。

 ひんやり・つるんとして、雨上がりの緑の葉っぱのにおい。

 ぷるるん、ミズタマリンの背中によじ登るとズボンの下で、ゼリーみたいに大きな体が波打った。

 リュウ君は、ぎゅっと長い首に抱きついた。

 ミズタマリンにまたがって、雨上がりの庭を見おろすと、クモの巣のレースに雨つぶがたくさん並んでキラキラと光っていた。

 ミミズが一匹、びっくりしたように、リュウ君とミズタマリンを見上げていた。

 アジサイの葉っぱで、ミルク色のあめ玉みたいなカタツムリがのんびりと散歩していた。

 リュウくんは、ミミズとカタツムリに手をふった。

 ミズタマリンは、リュウ君を背中に乗せて歩き出した。

 長い首をゆっくり上に下にゆらし、缶ぽっくりみたいな足取りで一歩二歩、ふわりと空中に踏み出した。

 

 コロン・ポロロン。

 ミズタマリンのお腹の中で、石ころ達が歌っている。

 一人と一頭の足の下、みるみる庭と家の屋根が小さく遠ざかっていった。

 あ、お天気雨だ。

 金色の雨のビーズが、パラパラとリュウ君の顔にあたって散った。

 空をかけるミズタマリンの体に、お天気雨のシャワーがすいこまれて、コロン・ポロロン・パラパラ……ぽつん!

 リュウ君の鼻先をつたわって温かいしずくが一つぶ、ミズタマリンの背中に落ちた。

 あれ、あれれ、また一つぶ。

 リュウ君はあわてて自分の目をこすった。

 手の甲がぬれた。

 気がついたら、ミズタマリンはとても空高くのぼっていて、頭の上には空。

 足の下にも空。

(家はどこ? パパやママは?)

 リュウ君のこぼした涙が、銀色のお天気雨になって、はるか下へパラパラと落ちていく。

 ミズタマリンが、青いガラスの瞳をくるっと動かした。

 そして、あっちを見てみろよ、と言いたげに細長い口元をクイッとまげて笑い、あごをしゃくった。

 その方角に目をこらすと、ぽつり、白い点が一つ、二つ、三つ。

 それがどんどん近づいてくる。

 

「あっ、アカリちゃん。ノブ君。それにミズキちゃんもいる!」

 みんなリュウ君の近所に住んでいる友だちだった。

 みんなでびっくりした顔を見あわせた。

 アカリちゃんはスカートを桃色の花びらのようにふわふわさせて、メリーゴランドの馬みたいな、でも馬とはちがう不思議な生き物に乗っていた。

 それは、ぷよんと透き通った、耳のかたっぽうだけやたらと大きいウサギに似た生き物だった。

 ノブ君は目をきらきらさせて、ニョローッと長いコイノボリの出来損ないのヘビみたいなやつにまたがっていた。

 リンゴのように真っ赤なほっぺをしたミズキちゃんは、タップンと客船ほど大きな透明クジラの背中の上、のびのびと手足を伸ばして座り、風に浮かんでいた。

「あのね、あたし、早起きして庭で水たまりを見つけたの。

 そしてなんだかこの水たまり、ウサギそっくりだなって思っていたら……」

「ぼくとおんなじだ! 水たまりがニュルーンって持ち上がってきて……」

「いっしょにあそぼうよって、空に浮かんだの!」

 みんなの目がかがやいた。

「かけっこしようよ」

 さけび声といっしょに、ノブ君の乗った透明なヘビが、風を切ってするするすべりだした。

 ウサギもクジラも、ミズタマリンも、いっせいにそのシッポを追いかけた。

 風が、リュウ君の髪をほわっと包んでなびかせた。

 みんなは追いこしたり追いこされたり笑いながら、白い草原みたいな大きな雲をめざして、びゅんびゅん駆けていった。

 雲の上につくと、動物たちはポヨーンと体を丸くして一休み。

 やわらかな白い葉っぱと真っ白いタンポポの綿毛みたいな花をつけた、珍しい草がいちめん風にそよいでいた。

「アハハハ、キャー」

 ミズキちゃんがいきおいよく転んだ。

「この野原の地面、転んでもいたくない」

 ミズキちゃんが叫ぶと、アカリちゃんやノブ君は、わざとたおれて白い草っ原をころげまわった。

 リュウ君がごろんごろん花の中を転がって、大きな声で笑うと、そのとたん口の中に、白い綿毛がちぎれて飛び込んだ。

「この花、あまいよ」

 リュウ君がびっくりして、みんなに教えた。

 ノブ君はよろこんではね上がり、デングリガエリをした。

 リュウ君は、ほんとはデングリガエリが苦手。

 でもミズタマリンがそっと後ろから鼻づらで押してくれたら、ノブ君みたいに上手に、ぐるりんと回れた。パパの手のひらに押してもらったときのようだった。

 遊びつかれて皆あまい雲の綿毛の花を食べた。

 のどがスーッとレモンのようにすずしくなった。

 そのとき、ググーッ。

 誰かのおなかが鳴った。

 あれれ、いくらおいしくても雲は雲。

 みんな朝ごはんがまだだった。

 そろそろ家に帰る時間だよ、ってミズタマリンが長い首をふり、背中に乗れって呼んでいる。

「また来たいな」

「いっしょに来ようよ、きっとだよ」

 

 雲の野原にサヨナラをして、ミズタマリンを先頭に、クジラやヘビやウサギ、皆を乗せた動物たちが空をすいすい駆けおりていく。

 もうずいぶん朝の日が高く、日ざしが強くなってきた。

 あれれ、リュウ君を乗せたミズタマリン、なんだか少しかげがうすい。

 ぷるんと揺れてた大きな体、今では溶けかけたゼリーみたいに頼りない。

 遠く下の方にリュウ君の家の屋根が見え、ミズタマリンはぐんぐん駆ける足をはやめた。

 ミズタマリンがふっと足を止め、長い首をスベリ台のように静かに伸ばした。

 リュウ君が大きな背中からすべり降りると、ひゅるんと風が鳴り、おしりの下でコロン・ポロンと石ころ達がちょっとさみしい声で歌った。

 ミズタマリンの首のまわりに虹の輪がかかった。

 リュウ君はその七色の輪をくぐり、長細いしめった顔にぎゅっと抱きついた。

 そして大きな耳に

「ありがとう」

って言ったら、抱きついた腕の中、すうっと風が吹き、トン、と両足が地面に着いた。

 半分かわきかけた地面に、青いビー玉がひとつ。

 リュウ君のかげぼうしがひとつ。

「リュウ君、朝ごはんよ」

 ママの声だ。

 

 台所の窓からホット・ケーキを焼くにおい。

 今度はミズタマリン、パパやママも一緒に乗せてね。

 リュウ君は青いビー玉を拾って大事にポケットにしまった。

(みんなも家に着いたかな)

 リュウ君は空を見上げ、でたらめな歌を歌いながら駆けだした。

 

「雨あがりんりん、水たまりん。

 雨が晴れたらまたあそぼ」

 

 キリンの形のレモン・シャーベット色の雲が、青い空にぽっかりと浮かんでいた。

 

 

            (おわり)

 

 

 

 

(2003/5 初稿)

(2015/6/23 加筆)

  

©Tomoe Nakamura 2003

 

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