「 文学と教育 ( 本誌&会報 ) 」掲載作品   まだ大人ではない者達の祈り

 
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− まだ大人ではない者達の祈り  −

 

 

 

 真夜中、どこかの街のどこかの家の郵便受けが、カタンと鳴りました。

 郵便受けの中には、一枚のコンサート・チケットが落ちていました。

 藍色の淡い影法師をすべらせながら、それを配達してまわっているのは、小柄なひとりの少年です。

 少年はかすかな夜風をまき起こしながら、街の家々をめぐり、メイン・ストリートを自転車で駆けぬけて行きました。

「まだ大人ではない者達の祈り」

 コンサート・チケットには、黒地に銀のインクでこんな言葉が印刷してありました。

 そしてその下に、とても小さな文字でこんな言葉も。

「あなたの夢に配達します」

 

 

 一、レクイエム

 (静まりかえったコンサート・ホール)

 (照明のない暗い舞台から、子ども達の沈んだ歌声がゆっくり立ちのぼる)

 

 街のネオンに

 青いほたるの火が摘み取られた

 あのやさしすぎた友達は星に消えた

 あおざめた決断

 失われたまなざしへの手紙を

 痛む両腕に抱きしめて

 

 十二階から 君

 届いたかい

 地球と対話できたのかい

 けれど君の血液は

 アスファルトの上で

 途方に暮れていたよ

 こわばった窓が

 血溜まりを並んで見おろしていた

 

 残されたぼくらは

 ため息と鼓動をくり返す

 ここで眠れないでいる君

 原爆怪獣の放射性の涙をおおう

 薄っぺらな土の上

 ここで

 ぼくらは肺をよごし続ける

 懸命にむじゃきに

 街路樹が空をさがすかぎり

 

 二、死者のアリア

 (あおざめた顔のひとりの少年が現れ、凍った月光のような照明を浴びながら、ひっそりと語りはじめる)

 

「ひとりで静かに座っていると、透明な隕石が落ちてきたよ。

 石つぶてがめいめい勝手な重さで落ちてきて、ぼくは体中に穴があいてしまった」

「ほら、あの窓明り。

 高層ビルが、地底の闇から不安を汲み上げ、夜を忘れて発光している。

 すでにほろびた神話群のように。

 人の手の届かぬ中空で、塔と塔とが寄りそいながら」

「聞こえる、地球の回転軸がきしむ音。

 光るプルトニウムが重すぎて、くだけるシャンデリアの塔は数知れず。

 大気の中には水素爆弾がしずんでる。

 ぼくの呼吸は、一回ごとにぎしりと重くて痛かった……」

 

(少年の独唱が舞台に響く)

 

 誰が打ち上げた

 ふくれあがった白い太陽

 白い輝きをあびて

 ぼくらは生まれた

 

 でも 照らされるのは

 いつも 地球の半分

 

 閉ざされた大陸

 残された島々

 無言で誰かがくずおれる

 ぼくらは顔を見あわせて

 この白い真夏をエンジョイ

 

 白い炎が

 都市をめくりあげ

 記憶の草むらを灰にする

 あぜ道にしばりつけた子守歌

 廃墟の青空そして学び舎

 大人たちは風景をあきらめる

 ぼくらの腕はキノコのように細くなる

 

 無知がぼくらの睡眠薬

 学問はひま人のすることで

 ぼくらはテストに忙しい

 

 ……けれど

 ぼくは とてもこわかった

 白い真夏にきらきら光る

 ぼくらの陽気な笑い声

 

 白い骨のように

 さらさら落ちる

 ぼくらの陽気な笑い声……

 

 三、四つの変奏曲

 (死者のアリアに答えて、子ども達が歌う)

 

 (ソプラノ)

 

 家並みが日向ぼっこしている

 野ざらしにされた

 歴史のケロイドが

 黙ってすわっている

 

 爆音?

 めずらしくはないのよ

 まどろんでいた屋根を

 ジェット機がひっかくだけ

 

 失われてゆく影

 透き通ってゆく私達

 顔も両手も声も悩みも

 

 飛行機雲が風にのまれる

 そのように全て消えてくれれば

 

 許して下さい

 こんなにも恵まれすぎている私達

 誰に向かって?

 

 (アルト)

 

 炎にくずれる街をみた

 柔らかな眠りを食む電脳の剣

 パズル デジタル マークシート

 極彩色の透明ライトで戦われる夢

 黙示録すら夢魔の遊び道具となる

 息が止まって

 だれかを呼んだけれど

 目覚める場所はどこにもなかった

 終わらない終末の腕の中

 

 (バス)

 

 軽く弾みすぎる音楽が

 ぼくらの願いを連れ去ることがある

 

 ひそやかに気をつけて

 

 ビルディングに映えるファッションだけが

 ぼくらの言葉ではない

 

 見通しのよすぎる計算が

 ぼくらの羅針盤をゆがめることがある

 

 ひそやかに忘れない

 

 目盛りが欠けた公式の一方通行だけが

 ぼくらの航路ではない

 

 (テノール)

 

 戦後○年 高校生のぼく

 黒板 木の椅子 先生 ノート

 日用品に紛れ込んだぼくの権利

 かつての苦学生達がうらやむ幸運

 

(今日モ しゃーぷぺんしる ガ

 あるふぁべっと ノ

 ゴキゲントリ サ)

 

 生まれて十八年

 ぼくが追いかけてるのは

 かつての少年達が

 掌にあたため続ける

 ひと握りの果実

 両腕に実りをあふれさせよ

 という声

 

 でも

 

(ボクニ 投ゲ込マレタノ ハ

 計算用紙 バカリ

 

 計算ノ 一番上手ナ科学者タチガ

 原子雲ヲ 縫ッタコト

 

 ボクハ イツノ頃カラカ

 知ッテイタ……)

 

 

 四、まだ大人ではない者達の祈り

 (子ども達が声を合わせて歌う)

 

 君は誰?

 見えない君にぼくは呼びかける

 足りない言葉を追いかけて

 いく度も転びまどいながら

 掘り起こせ

 街の大気は時間の地層

 歴史の祈りを抱いて

 言葉の結晶が沈んでいる

 

 街角で 教室で 歩道橋の上で

 ぼくは小さな坑夫になった

 ぼくのような君 坑夫の君に

 いつか暗いトンネルで出会うだろう

 

 不安にゆらめく者は探知機だ

 君の震えをぼくの耳 この素肌にも

 伝えてくれ くっきりと

 

 虚を見抜く君は

 稲妻色のナイフ

 まよいを裂き

 光の軌跡を走らせて

 ひらめく針路をこの目に示せ

 

 コンプレックス豊かな昔語り

 それは与えられた泉へのカギ

 化石の花をよみがえらせ

 標本のための境界線を

 洗い流すことが出来る

 

 掘り出した結晶は

 健康な記憶を持つ者

 科学の洗礼を受けた君と

 日に焼けた口笛

 詩の旋律を吹き鳴らす君とに

 みがいてもらおう

 

 ぼくらは坑夫だ

 遠いきのうをたくわえてきた言葉

 はるかな明日の風を宿した言葉

 そして それらの言葉の中に

 ぼくたち自身を

 掘り起こす

 

 結晶した歴史の祈りを

 解き放つために

 

(子ども達の中から、一人が進み出て訴えかける)

 

「大人たち 語って下さい。

 地球の単位で

 ぼくら一人ずつのとうとさを

 教えて下さい。

 

 血液が 遺伝子が 鼓動が

 長い時の河を渡り

 殺戮と王の交代と

 旅人たちの信仰と 恋人たちの航海と

 無数に連なる神話の重みに耐えて

 今を刻んでいる だからこそ

 歴史を引き継ぐぼくたちに

 幸福へのステップが

 託されているのだ

 と」

 

「知ることは痛いこと

 目を開くことは ひとりぼっちに

 気づくかもしれないことです。

 

 けれど

 正確な公式をほこる科学でさえ

 歴史の中では過ちを犯しています。

 それを語る言葉を持たずに

 どうして間違いだらけのぼく達が

 この先の道を

 歩いていけるでしょうか?

 

 歴史の痛みによりそうのは

 過ちやすい人の言葉によってのみ。

 歴史の傷を癒すのも

 滅びを抱いた人の

 血の通う腕によってのみ」

 

「全ての学問が結びつき

 手をとりあって伸びていくとき

 全てのぼくらの鼓動からは

 無数の細胞 遺伝子にやどる夢の結晶が

 豊かな産毛に包まれながら

 はるかな星座の海に

 その姿をかいま見せる。

 

 大人たち

 ぼくらを歴史の中へ放り込んで下さい。

 あなた方の不安を

 ぼくらのバネに貸して下さい。

 そして

 

 ぼくたちは腕を持ち上げて

 探し始めるでしょう。

 たとえ それが青ざめて

 透き通った腕であっても」

 

 五、君の生命の色を

 (再びあの、死者のアリアを歌った少年があらわれる)

 (少年の顔はひっそり白いが、その歌には励ましと呼びかけとが込められている)

 

 君の生命の色を探せ

 君の生命の色をまとえ

 

 パレットはあふれ

 風車が太陽のように まわり

 

 君達の生命の色が 虹をかければ

 知らん顔している白いビルも

 隔てられた青い海も

 

 ひとつにとかしあうことが

 出来るだろう

 

 君の絵筆は 世界中の音楽を手渡され

 放射能を捨てに来たモダンな船に

 NO と歌った裸足の人々を

 

 君は帆を張って

 見つけに行くだろう

 

 さあ

 君の生命の色を探せ

 君の生命の色をまとえ

 

 どんなに街が 大地を固めても

 痛みを知った芽は

 柔らかに伸びる

 

 どんなにネオンがまぶしくても

 木の枝や葉陰には

 かわいらしいミツバチのように

 星が降りてくる

 

 (少年の歌に、子ども達のコーラスが加わる)

 (「君の生命の色を」と呼びかける合唱が舞台いっぱいに繰り返され、

 やがて藍色の夜明けの空を描いた幕が、ゆっくりと静かに降ろされる)

 

 夢は明け方に消えていくもの。

 そして……

 夜が明けて日が昇り、また一日が過ぎて日が沈み、空気を冷たく澄み渡らせた深い夜の闇が、地上のすべてを包みます。

 昼間のにぎわいが嘘のように静まり返った街のメイン・ストリート。

 ぽつんと点いている街灯の洋梨色の光が、街路樹のケヤキ並木を寝ぼけたように照らしだす中、今夜もまた一人の少年が、小さな影法師をアスファルトの道にすべらせ、自転車で駆けぬけて行きました。

 

 真夜中、どこかの街のどこかの家の郵便受けが、カタンと鳴りました。

 郵便受けの中には、一枚のコンサート・チケットが落ちていて、それには黒字に銀のインクで、こんな言葉が記されています。

「まだ大人ではない者達の祈り」

 

 朝が来ると、銀色の小さな文字達は星の光が薄らぐように消え去って、黒い紙片も夜明けの風の中に溶けていってしまいます。

 それを知っていても、少年はコンサート・チケットの配達を止めません。

 今夜もまた藍色の淡い影法師をすべらせて、かすかな夜風をまき起こしながら少年は、街の家々をめぐり、自転車を走らせ続けます。

 声のないコンサートを催している仲間たちの声を、そっと誰かのもとへと届けるために。

 夜の色のチケットには、とても小さな銀文字がふるえ瞬きながら浮き上がっています。

「夢の中で眠れないでいるぼくたちの

 夜を泳ぎ、目覚めの岸にいつまでもたどりつけないでいる

 ぼく達の芝居小屋。

 空を夢見て築いた、小さな浮島にどうぞおいで下さい……」

 

 

            (終)

 

「文学と教育の会会報 第33号」(1997/9/25発行 文学と教育の会) 掲載作品

 

 

 

 

 

(2015/6/14 加筆)

  

©Tomoe Nakamura 1997

 

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