童 話 2010年 〜

 
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− 荒れ野の童話 −

 

 

 

ひとりの旅人が、荒れ野の一軒宿に、たどり着きました。

 

旅人が戸をたたくと、満面の笑みを浮かべた男が

「ようこそ」と、迎え入れてくれました。

「私は、この宿の主人です。

 ここを見つけたということは、あなたも・・・」

主人は、謎めいた目で、旅人を見ました。

「この宿は、すこし変わっていますよ。それでよければ

 さあ、どうぞ」

 

宿の主人は、言いました。

「ここにいる間、宿賃は要りません。

 食事も、お風呂も、寝台つきのお部屋もあります。

 ただし、約束してください。

 毎日、決まった場所で働くこと。

 仕事場へは、専用の馬車で、

 この宿の者が、朝夕に送り迎えいたします。それから・・・

 

 あなたは、自分がこの宿の客であることを、

 人々に話してはいけません」

 

荒れ野の一軒宿は、つみびと専用の宿でした。

 

旅人は、これまで来た道を忘れ、生き直したいと願っていました。

案内された仕事場で、旅人は、毎日働きました。

けれども、仕事仲間に

「あの馬車は、どこからやって来るのか」

と尋ねられるたび、それが「つみびと専用の馬車」であるとは

答えられず、いつしか心は重くなるばかり。

 

罪を忘れて生き直すことは出来ない。ただ

罪を背負って生き続けることが、出来るだけなのだ・・・

 

旅人は、宿屋に別れを告げて

荒れ野に旅立ちました。

来た道をふり返ると、いちめんの枯れ草を風がゆらすばかり。

少し先には、ぼんやりと霧がかかって、

あの宿がどこにあったのか、影すらも見えなくなっていました。

旅人は、また、歩き出しました。

とぼとぼと・・・足元の影法師を、道連れに。

 

やがて、霧の中に旅人の影が消えました。

(・・・風が伝えてくれた、荒れ野の一軒宿の、消息です)

 

       (2010/11/26)

 

 

 

 

 

ブログ「こちら、ドワーフ・プラネット」より

  

©Tomoe Nakamura 2010

 

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