仲間とはぐれた上、こんな大穴に落ちるなんて!
もう森には帰れないのか。
私の羽根はあちこち破れ、飛べそうにない。
暗闇に明かりが見えた。
見知らぬ若者が、大きな岩に腰かけ、本を読んでいた。
岩には、深いくぼみがあり、数えきれぬ本が並んでいた。
「これは、空の飛び方・・・という本だ。
そして、ぼくは、ツバサ族の生き残り」
若者は、二つのビンを取り出した。
赤いビンを傾けると、光る野イチゴの酒が、盃にこぼれた。
若者は、白いビンから木の実のパンを出し、半分に分けた。
焚き火を燃やし、手をかざし、私たちは陽気に歌った。
心から微笑むと、破れた羽根が、背中から落ちた。
私の両肩には、金の新芽のような羽根が・・・
「もう君は、自由に飛んでいける」
私は、首飾りから、大切な種を取り出した。
妖精族は、ひとり一粒の種を持って、この世に生まれ、
芽吹くのにぴったりの場所をさがす。
「残念だよ。ここは暗くて日が射さぬ、大穴の底だ。
きれいな水も、流れてはいない」
ふたりで穴の底から飛び立ちたい、と願ったが、
若者は、首をふった。
「ツバサ族のつばさとは、本の岩そのもの。
ぼくは、ツバサ族の知識を受けつぐ者」
大きなマントの下、彼の背にある、一対の翼。
翼の付け根にからみつくのは、銀色のくさり。
くさりは長く伸び、彼が腰かけた大岩に巻きつき、
地に埋もれていた。
「白いつばさの両肩に、銀の戒めが・・・
くさりの先は、どうなっているのかしら」
野イチゴの甘いお酒に酔って、空飛ぶ夢や、
本に埋もれている時間は、おしまいになった。
★
銀のくさりの埋もれた土を掘ると、
「本の岩」に刻まれた、小さな文字が見つかった。
『源へたどりつけ』
掘り進むにつれ、「本の岩」に刻まれた絵や文字が、
地層の中に、浮き上がる。
「ツバサ族の先祖が、残したメッセージだ。
この岩は、大昔、今ほど厚く埋もれておらず、
この辺りを、広い河が流れていたのか」
彼の頬には、泥まじりの汗。
「本の岩」は、あらかた掘り出され、
岩肌いちめん刻まれているのは、
大きな船で海をわたる人々、
夜の航海で目印にした星座、船の作り方の説明図。
めぐる月日、掘り続けた二人の両手は、汚れに汚れ、
ついに銀のくさりの先が、くずれた大地から現れた。
掌のくさりの端でゆれる、小さなカギには、
文字が刻まれていた。
『自由に旅立て』
彼は、笑いだした。
「長い間、ぼくを縛っていたのは、こんな言葉か!」
掘り出された「本の岩」の根元に、
くさりのもう片端をつないだ、銀の台。
カギ穴がひとつ、そこにも刻まれた、小さな文字。
『流れのままに行け』
さびついた、力強い線。
古代の知恵を問う瞳に、風をはらんだ真っ白な帆、
新天地を目指して舵をとる人々の姿が、浮かぶ。
幻の船は、水晶ガラスの海原を、鳥のようにすべる。
彼が口を結び、古いカギ穴に、カギを差した。
「本の岩」が大きく揺らぎ、
岩の下から、幾百の鈴を響かせ、水があふれた。
あふれた水は、矢のように一すじの川となり、
解き放たれた地下水の渦は、
おぼれた二羽の鳥のような私たちを、水晶の腕で運んだ。
流れる水のほとり、見知らぬ野原で目覚めたとき、
彼は、ゆったりと翼を広げた。
「『ここは二人の新天地』・・・最初の言葉、
はじめの一歩を、そう岩に刻もうか?」
「本の岩」は遠く、彼の翼に銀のくさりは、もう無い。
私は、一粒の種を、掌にのせた。
・・・水晶の小川が歌う沃野で、この一粒の種は、芽吹き、
どんな花を咲かせるだろうか。
(2010/8/6)
ブログ「こちら、ドワーフ・プラネット」より
©Tomoe Nakamura 2010
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