童 話 2010年 〜

 
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− メルヘン −

 

 

 

 仲間とはぐれた上、こんな大穴に落ちるなんて!

 もう森には帰れないのか。

 私の羽根はあちこち破れ、飛べそうにない。

 

 暗闇に明かりが見えた。

 見知らぬ若者が、大きな岩に腰かけ、本を読んでいた。

 岩には、深いくぼみがあり、数えきれぬ本が並んでいた。

 

 「これは、空の飛び方・・・という本だ。

  そして、ぼくは、ツバサ族の生き残り」

 

 若者は、二つのビンを取り出した。

 赤いビンを傾けると、光る野イチゴの酒が、盃にこぼれた。

 若者は、白いビンから木の実のパンを出し、半分に分けた。

 焚き火を燃やし、手をかざし、私たちは陽気に歌った。

 

 心から微笑むと、破れた羽根が、背中から落ちた。

 私の両肩には、金の新芽のような羽根が・・・

 

 「もう君は、自由に飛んでいける」

 

 私は、首飾りから、大切な種を取り出した。

 妖精族は、ひとり一粒の種を持って、この世に生まれ、

 芽吹くのにぴったりの場所をさがす。

 

 「残念だよ。ここは暗くて日が射さぬ、大穴の底だ。

  きれいな水も、流れてはいない」

 

 ふたりで穴の底から飛び立ちたい、と願ったが、

 若者は、首をふった。

 

 「ツバサ族のつばさとは、本の岩そのもの。

  ぼくは、ツバサ族の知識を受けつぐ者」

 

 大きなマントの下、彼の背にある、一対の翼。

 翼の付け根にからみつくのは、銀色のくさり。

 くさりは長く伸び、彼が腰かけた大岩に巻きつき、

 地に埋もれていた。

 

 「白いつばさの両肩に、銀の戒めが・・・

  くさりの先は、どうなっているのかしら」

 

 野イチゴの甘いお酒に酔って、空飛ぶ夢や、

 本に埋もれている時間は、おしまいになった。

 

 

 

 

 銀のくさりの埋もれた土を掘ると、

 「本の岩」に刻まれた、小さな文字が見つかった。

 

 『源へたどりつけ』

 

 掘り進むにつれ、「本の岩」に刻まれた絵や文字が、

 地層の中に、浮き上がる。

 

「ツバサ族の先祖が、残したメッセージだ。

 この岩は、大昔、今ほど厚く埋もれておらず、

 この辺りを、広い河が流れていたのか」

 

 彼の頬には、泥まじりの汗。

 「本の岩」は、あらかた掘り出され、

 岩肌いちめん刻まれているのは、

 大きな船で海をわたる人々、

 夜の航海で目印にした星座、船の作り方の説明図。

 

 めぐる月日、掘り続けた二人の両手は、汚れに汚れ、

 ついに銀のくさりの先が、くずれた大地から現れた。

 掌のくさりの端でゆれる、小さなカギには、

 文字が刻まれていた。

 

 『自由に旅立て』

 

 彼は、笑いだした。

 

「長い間、ぼくを縛っていたのは、こんな言葉か!」

 

 掘り出された「本の岩」の根元に、

 くさりのもう片端をつないだ、銀の台。

 カギ穴がひとつ、そこにも刻まれた、小さな文字。

 

 『流れのままに行け』

 

 さびついた、力強い線。

 古代の知恵を問う瞳に、風をはらんだ真っ白な帆、

 新天地を目指して舵をとる人々の姿が、浮かぶ。

 幻の船は、水晶ガラスの海原を、鳥のようにすべる。

 

 彼が口を結び、古いカギ穴に、カギを差した。

 「本の岩」が大きく揺らぎ、

 岩の下から、幾百の鈴を響かせ、水があふれた。

 

 あふれた水は、矢のように一すじの川となり、

 解き放たれた地下水の渦は、

 おぼれた二羽の鳥のような私たちを、水晶の腕で運んだ。

 

 流れる水のほとり、見知らぬ野原で目覚めたとき、

 彼は、ゆったりと翼を広げた。

 

 「『ここは二人の新天地』・・・最初の言葉、

  はじめの一歩を、そう岩に刻もうか?」

 

 「本の岩」は遠く、彼の翼に銀のくさりは、もう無い。

 私は、一粒の種を、掌にのせた。

 

 ・・・水晶の小川が歌う沃野で、この一粒の種は、芽吹き、

 どんな花を咲かせるだろうか。

 

          (2010/8/6)

 

 

 

 

 

ブログ「こちら、ドワーフ・プラネット」より

  

©Tomoe Nakamura 2010

 

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